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レイモンド・チャンドラー かわいい女


 前作から6年ほどあいて、1949年発表のチャンドラーマーロウシリーズ第5弾。7作あるマーロウものの長編の中で、もっとも知名度の低い作品である。

 マーロウの元にオファメイと名乗るカンサスの娘が兄オリンを探してくれと依頼に来る。マーロウはオファメイの話に胡散臭さを感じながらもオリンをさがすことにするが、事情を聞きに以前オリンの住んでいたアパートを訪ねると、いきなり死体に出くわす。

 この作品があまり知られてない理由は、もちろん読むとすぐわかる。まずストーリーがこなれていない。謎解きもなんだかスッキリしない。登場人物がかなり多く、そのキャラも何人かのイメージがかぶるので読みにくいし、人が次から次に死んでしまう。マーロウが初めてオリンと対面した時には彼の死の瞬間だったりして流れも悪い。シリーズ全7作の中でもはっきり言って一番落ちると思う。

 だからと言って魅力がないわけではない。マーロウの軽口は今回も冴えわたっている。この点だけは他の作品以上かも。このマーロウ節を聞くだけでも充分読む価値はある。

 この作品で気になったのは第30章、マーロウが、警察の捜査課長フレンチを待っている間に、モーツァルトを弾くのが趣味の警官との間に交わす会話である。全く本筋と関係ない、短いこの会話を、チャンドラーはどういうつもりで書いたのだろう。名前が語られず、いつの間にか消えるようにいなくなるこの警官は何者だろうか? 警官として勤め続けていたらひょっとしたらこう在ったかもしれないマーロウ自身なのだろうか?

 こうやってマーロウものの長編を順に読んでいくと、チャンドラーの作品は回を重ねるごとにだんだんペシミスティックな方向に進んでいるような気がする。「湖中の女」でも見られたマーロウの感じている無力感は、この作品でさらに強力になっている。その証拠にマーロウは犯人を警察に引き渡すこともしない。そんなことをしても何にもならないことに、マーロウは気づいている。しかし前作に引き続き、犯人に死なれてしまう結果になってしまうわけだが…

 その無力感が次の作品、名作とされる「長いお別れ」での文学的結実への伏線になっているのだ、と言えるかもしれない。
.02 2007 ミステリ comment0 trackback0

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