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再読 白鯨


 9月の再読はメルヴィルの「白鯨」。今回は集英社世界文学全集ベラージュの磯山宏訳で読んだ。

 再読なのに一ヶ月もかかってしまったのだが、これは改めてすごい小説だ。いやもうとにかくストーリーと関係ないクジラのうんちく話が延々と、しかもクジラの生態などまだあまり良く知られていなかった執筆当時の知識を、作者のかなり怪しい記憶のまま書いてあるので今読んだら全然常識はずれなこと(セミクジラとホッキョククジラが同じ種であるとか、マッコウクジラのサイズが異常に大きかったりとか)が平気で、議論の前提として書いてある。

 そういうのを延々と読まされた挙句、ようやく白鯨(モービー・ディック)と遭遇したと思ったらあっという間に撃破され全滅エンド。しかしその全滅のシーンの描写がすごい。モービー・ディックはエイハブのボートからの攻撃を受け怒り狂い、ピークォド号本船に突進してくるのだが、迫ってくるモービー・ディックを見ながら、三人の航海士スターバック、スタッブ、フラスクがそれぞれ辞世の言葉を述べる。そして本船が致命的な一撃を受けると、今度はエイハブの最後の呪詛の言葉が。
 要するにこの作品の幕切れは極めて演劇的なのだ。いやそれまでの部分に実際に戯曲形式で書かれた章もあるが、それ以外にもかなり戯曲を思わせる部分がある。学術書みたいな部分と、戯曲を思わせるようないきいきした文章で書かれた部分が巧みに配置され、決して読みにくい小説ではないのかもしれない。後は読み手の気持ち次第だ。

 それにしても…1851年に書かれたにしては人種差別など全くと言っていいほどない、恐ろしくリベラルな作品だ。白人も黒人も、未開の島の人食い人種もピークォド号では皆平等である。この感覚は、例えばレッド・バトラー以外の白人の登場人物の全員がKKKという「風と共に去りぬ」などとは物語の前提が全く違う。それが白い巨大なクジラの手にかかって全員が命を落としてしまう。それが象徴しているものは明らかに、白人至上主義への疑念と、しかしそれに立ち向かうことの無意味さであると言えるだろう。
 そして克明に描かれた当時の捕鯨の実態。当時の捕鯨が恐ろしく荒っぽいものだった事がよく分かる。今この小説は、捕鯨なんてありえないアメリカでどういうふうに読まれているんだろうか。そこも非常に気になる。

 さて、ネットでこの作品に関連する事を調べていたら、1998年に制作されたスター・トレックのピカード艦長でお馴染みのパトリック・スチュワートがエイハブを演じたTVドラマがあるそうだ。ううっ、観たい。
.25 2015 北米文学 comment0 trackback(-)

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