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再読 黄金探索者

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 ル・クレジオの傑作、『黄金探索者』を再読。前回読んだのは2009年。そんなに前だったのか。約6年ぶりの再読だが、以前読んだ時と同じように強烈な感銘を受けた。

 改めて読むと、この作品の中に流れた時間がとても長いことを再認識した。冒頭の、アレクシの少年時代を描く「プーガンの谷」が1892年とされていて、最後の「マナナヴァ、1922年」までには30年の年月が流れている。アレクシがロドリゲス島をはじめて訪れたのが1910年だから、それからでも戦争による中断を含めてではあるが12年の年月をアレクシは宝探しに費やしたのだ。これはこの時代の人々にとってはほとんど人生のすべてを注ぎ込んだと言っても過言ではない時間であるといえるだろう。

 文章の点では、回想の部分を含めて、すべて現在形で書かれているところがこの作品の大きな特徴で、これは翻訳者の手腕による所も大きいとは思うのだが、独特のうねりのようなリズムのある文章と相まって独特の魅力を放っている。

 それにしても、改めて読むとこの小説のなんとも言えないラストが印象に残った。アレクシは多分もう黄金が見つからないであろうことに気づいている。マムを失い、ロールも去り、ゼータ号も海の藻屑と消えた。やっと再会したウーマとも離れ離れに。文字通りすべてを失ったアレクシが新たな船で旅立つ事を夢想するうちに幕となる。バッドエンドとも見えるが、一縷の希望を残したラストと取ることもできるだろう。そういえばこの作品の続編というより変奏であるといえる「隔離の島」では、主人公レオンが時の流れの中に姿を消して終りとなる。フランス映画みたいな、強い印象を残す終わり方である。

 人生は夢ではない、とスター・トレックのスポックがどれかの作品で言っていたが、この歳になって思い起こせば人生は夢みたいなものである。得たものも、失ったものもたくさんある。アレクシは物質的にはすべてを失ったが、なにを得たのだろう。それは人並みの幸福を得ていると言っていいだろう私の平凡な人生と比べた時、だからアレクシのほうが不幸だと言い切っていいものなのだろうか。
 単純な算術では、人生の幸福は測れないものなのかもしれない。
.17 2015 フランス文学 comment0 trackback(-)

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