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アーネスト・ヘミングウェイ 移動祝祭日


 ヘミングウェイが最晩年に、最初の妻ハドリーとともに過ごした若き日のパリでの生活を回想して綴った自伝的作品。

 アメリカ人はパリが好きらしい。先日記事にした今年のトニー賞にしても「巴里のアメリカ人」とか「恋の手ほどき(Gigi)」などパリを舞台にした作品が多い。いやまあアメリカ人に限ったことではないのだろう。昔から今に至るまで日本からもたくさんの芸術家の卵からただのミイハアな観光客まで相当な数が押し寄せている。私のブログ友達のmanimaniさん(あれ今はなんか違う名前だっけ)は性懲りもなくまたパリに行くと張り切っているし。
 まあそういう引力というか魅力があるのは間違いないだろう。でも去年英国留学中にフランス、ベルギーを訪れたMINMINはパリはあまり好きでなかったらしい。英語で話しかけてもフランス語で返事が返ってくるとか、とにかく人が意地悪なんだって。友人の家のあるディジョンではそんなに意地悪な目に会うことはなかったそうなので、やっぱり大都会の人はどこの人も冷たいのかな。

 さてこの「移動祝祭日」という作品では、1920年代のパリに集うボヘミアンたちの生活が活写される。まだ無名のヘミングウェイは雑誌に短編を発表しては身銭を稼ぐような生活をしている。本を買うお金もない。しかし彼の周りにはそうそうたる人々が。その中には「ロスト・ジェネレーション」という言葉の発案者ガートルード・スタイン、画家のエズラ・パウンド、さらにはすでに「グレート・ギャツビー」を発表した後のスコット・フィッツジェラルドもいる。
 そういう芸術家たちを結構歯に衣着せない文章でバッサリやってしまってるのがいかにもヘミングウェイらしい。フィッツジェラルドなんかもうほとんど奇人変人扱いだし。それでもヘミングウェイはフィッツジェラルドを変なやつ、どうしようもないやつだとは思いながらも先輩として、友人として愛していたのだというのが伝わってくる。
 ここでは当時の妻ハドリーが作品の中心に据えられていて、実際はこの結婚はヘミングウェイ自身の裏切りによって幕が引かれるのだが、そのへんはぼかして書かれている。なので特に最後の方はややリアリティに欠ける気がするのだが、それを除けばとてもノスタルジックで美しい作品だ。

 作品のタイトルは、作者自身の言葉「もし、きみが、幸運にも青年時代にパリに住んだとすれば、きみが残りの人生をどこで過ごそうとも、それはきみについてまわる。なぜなら、パリはa movement feastだからだ」に由来している。a movement feastを本来宗教用語である「移動祝祭日」と訳した理由はあとがきに詳しいが、キリスト教の宗教用語に詳しくない日本人の感覚では「移動遊園地」みたいなニュアンスなのかもしれない。そう考えながら私は、青春の日々というやつは何処で過ごそうとも人生についてまわる移動遊園地なのかもしれないと思うのだった。
.07 2015 北米文学 comment0 trackback(-)

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