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再読 バオ・ニン 戦争の悲しみ


 2008年のP&Mアウォード受賞作品でもある、ベトナムの作家バオ・ニンの作品「戦争の悲しみ」を再読。
前回の記事はこちら。

 再読である今回も、前回はじめて読んだときと同じように強い感銘を受けたのだが、今回読んで強く感じたことは、この作品が決して『戦争そのものを描いた作品』ではないということだ。酸鼻を極める凄惨な戦場の光景が次々に現れる強烈な作品であることに間違いはないのだが、それら全ては主人公キエンの、戦争によってえぐり取られた心を描き出すためのものなのだ。
 そういう意味でこれは、ヘミングウェイの「日はまた昇る」やフィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」などと同じ根を持つ、いわゆる「ロスト・ジェネレーション小説」のベトナム版であると言っていいだろう。

 「戦争の悲しみ」の全体の骨格となる構造としてあるのが、『戦後ハノイで一緒に暮らしだしたキエンとフォンだが、キエンは戦闘で受けた傷で性的不能になっているし、フォンはキエンを愛しながらも性的に放埒な生活をしている』というものだ。
 このパターンは完全に前述のヘミングウェイ「日はまた昇る」を踏襲している。その後、フォンはキエンのもとを去り、キエンは小説を書くことに没頭する。そして戦争中に体験した悲惨な出来事などをぽつりぽつりと書いていく。この作品はそうして書かれたもの、という体裁をとっているので、戦友の遺骨収集の旅に出たキエンが、自分の所属していた部隊の部下たちの死に様を思い出すところから始まる。やがて戦争体験を描いていくうちに、自分の心の大きな部分を占めていた最愛の女性フォンのことを書かずにはいられなくなってくる。そうして徐々に小説はキエンとフォンの運命を決定づけた、二人で貨物列車に飛び乗ったあの日へと収斂していく。

 たまにこの作品を批判して、時系列を無視した構成が読みにくいだけで良くないというような事を書いている人がいるが、それは全くの間違いである。この作品の構成は単純な「意識の流れ」などではない。もともと『作者』はフォンの事を書くつもりなどなかったのだ。ところが戦争体験を回想していくうちに、自分の心の虚無を語る上で彼女のことを避けて通ることができないことに気づく。そして本当は心の中に封印しておこうと思っていたあの日のことまで語らずにはいられないのだ。そんな『作者』の心の動きさえも取り込んでみせた、これは完璧な構成なのだ。
 もちろんここでいう『作者』すら作家バオ・ニンの想像の産物であるわけで、そう考えるとこの作品がいかに巧みに書かれているかわかると思う。

 バオ・ニンはこの作品以外には短編集をいくつか出版しているだけで、それすらも日本ではまだ紹介されていない。ぜひ別の作品も読んでみたいと思うのだが…
.15 2015 アジア・アフリカ文学 comment0 trackback(-)

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