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ラブストーリーとしての「ソラリス」


 2月の再読はレムの「ソラリス」。今回はハヤカワ文庫から出ている飯田規和氏による旧訳、「ソラリスの陽のもとで」を読んだ。
国書刊行会から2004年に沼野充義氏の翻訳による完訳版が出ていて、この旧訳版には欠落箇所などもあるのだが、私は断然この旧訳の方が好きだ。

 もちろんそれは30年ほど前に、この作品に初めて触れたのがこの飯田訳だったという事は大きいだろう。飯田氏の翻訳はほかの作品でもそうだが、全体に非常に美しい文章と、特にハリーのセリフに顕著だがその時代(翻訳されたのは70年代)らしい上品な言い回しが素晴らしいと思う。飯田訳で読む「ソラリス」のヒロイン、ハリーはおそらく今日本で読めるSFの中で最も魅力的なヒロインと言ってもいいだろう。沼野訳ではハリーがにイマドキの女の子に近い喋りをするシーンがあって、あれれ、という感じだ。
 そしてなにより沼野訳で気に入らないのは、スナウトの一人称が「おれ」だということだ。スナウトは聡明だが人の良い男という設定なのに、伝法な「おれ」では違和感が非常に大きいと思う。こういう小さなところが実は作品全体の印象に響くと思う。
 しかし、飯田氏の美文の翻訳がこの作品を本来のバランスよりややラブストーリーよりの印象にした、ということは言えるかも知れない。そういうバランスの点では沼野訳の方がレムが本来意図したものに近いのではないかとも思う。だが、美しい文章の飯田訳だからこそ広く読まれたのではないかとも思うし、そのへんが翻訳小説って面白い。

 あとがきにレム自身の解説めいたものが載っているが、そこにも書かれているとおりこの作品を書いたレムの意図としては、宇宙で科学的にも、倫理的にも常識が通用しない異常事態に直面したとき、人はどうするかというものだと思う。
 これはレムの多数の作品に共通しているテーマなのだが、この「ソラリス」で起こる異常事態は、ほかの作品とは様相が異なっている。ソラリスの海という知性体が、人間の記憶から抽出して作り上げた「お客」がソラリス・ステーションの駐在員のところにやってくるのだが、クリスのもとにやってきたのが10年前に死別した妻ハリーであった、というのがミソで、当初は恐れを抱いたクリスもやがてハリーを愛するようになる。ところがハリーは自分がハリーではないことに気づき、悩む。
 ここで問題は「お客」は人間と何が違うのか、ということだ。ソラリスの海が恣意的に作り上げた存在だから確かに正確な意味で「人間」ではない。だがハリーは主観的には人間で、人間と同じように悩み、苦しむ。一方クリスやスナウトも、ハリーと同じように苦しむのならばそこになんの違いがあるのだろうか。そういう意味で読者は倫理観を揺さぶられることになるのだ。

 さて、実は先日ちょっと思い出して、メトロポリタン・オペラの「ラ・ボエーム」を観直したんだけど、私はこういうヒロインの死で終わる悲恋の物語って、『その後、残された彼はどんな人生を生きたんだろう』と考えるんだけど、みなさんはどうだろうか。このテーマの小説や映画は多いが、エリック・シーガルの「ラブ・ストーリー」のように立派な続編があるものは例外的で、続編というのはあまり聞かないように思う。日本でかつて評判になった実話のそんな話で、残された彼のその後の人生を聞いて幻滅した場合もある。
 「ソラリス」はそんな悲恋物語の、ある意味究極の続編と言えるのではないだろうか。

 昔愛した女性と再会するのはとても怖い。彼女が昔のまま美しかったとしても、逆に老いて醜くなっていても、どちらも悲しい。だから深く愛した女性であればあるほど、会いたくないと思うし、また会ってみたくもあるのだ。それが死別した女性となればどうだろう。私は愛した女性に死なれた経験はないのでわからないが、当然ながら会いたくてもその願いは絶対に叶うことはない。なので彼女に抱く彼の感情は「諦念」と「後悔」であろう。ところがそこに、その彼女が突然蘇ってきたら…というシチュエーションがラブストーリーとしての「ソラリス」なのだ。

 この作品ではクリスと、彼の記憶をもとにして作り出されたハリーとの間の感情の動きが大きく取り上げられている。ここでのハリーは、最初からクリスの印象でバイアスのかかったものなのだ。そんな彼女とクリスの間で気持ちの行き違いが出てくるのだが、それはハリーがソラリスが作った「お客」だからではない。恋愛というのは、実は大変エゴイスティックなものだ。どんなに愛していても人は人を完全には理解し得ないのだ。しかし、それでもお互いを求めるクリスとハリーのふたりはある意味美しい。だが無意味だとスナウトは言う。そうだろうか。ハリーが「お客」だから? だから「愛」は「無意味」なのだろうか。

 これはレムとしては特殊な作品で、上記のようなラブストーリーとして、異星の理解を絶する知性体が人類に干渉するという内容のハードSFとして、死者が蘇ってくるホラーとして、そして倫理的な問題を追求する哲学的作品として、ほかの作品には全く見られないほど多面的な内容を持つ作品になっている。それこそが「ソラリス」という作品の魅力で、常にSF作品の人気投票で上位にランクインし続けるほど愛されている所以なのだろう。
.12 2015 スタニスワフ・レム comment0 trackback(-)

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