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横溝正史 夜歩く


 横溝正史の、比較的初期の作品。映画化はされてなく、横溝作品の中では知名度は低い。
 「八つ墓村」でちらりとこの作品について言及されていて、「悪魔の手毬唄」と同じ鬼首村が舞台ということでちょっと読んでみようと思って手にとった。

 売れない推理小説作家屋代寅太は、友人でパトロンの仙石直記の頼みで古神家を訪ねる。ここの令嬢八千代の結婚話に胡散臭い影があるのだ。屋代が古神家を訪れた翌朝、首なし死体が発見されるが、この死体は八千代の婚約者・蜂屋なのか、それとも八千代の兄・守衛(もりえ)なのかがわからない。これを皮切りに、古神家を連続殺人が襲う。

 いや~、これは凄い。普通推理小説って途中まで読んだらだいたい犯人の目星がつく。まあ中にはその目星を見事に裏切られたりして、それが楽しいから推理小説って面白いんだけど、この作品については最後の数章に至るまで、犯人の目星はついても動機やなんかが全くわからない。最後の数章に至ってはじめて、見事にダマされていたことに気づいて唖然とさせられる。

 この作品については絶対ネタバレなしではほとんど語れないので、以下微妙にネタバレあり注意。

 この作品の一番すごいところは、その『小説』としての機能をフルに使って読者を見事に騙しているという点、これに尽きる。『一人称小説』ではある一定の人物の目だけを通して小説が構成されるので、その人物が直接目撃していないことは書けない。書けたとしても伝聞としての記述にとどまることになる。この点が『推理小説』というジャンルには向いていると思われ、一人称で書かれた推理小説は多いと思う。ところがこの作品ではその『一人称小説』の特性を逆手にとって犯人の動機や、犯行に至るまでの経緯などを全く伏せてしまった。
 なので最後の方まで読者は、彼が犯人かもとは思うものの、動機や彼女との繋がりが全くの不明なので判断を下せないのだ。そういう意味でラストは、考え方によってはすごくズルいと言えるかもしれない。しかしこの作品は「小説」という表現形式をある意味突き詰めたと言えるもので、そういう意味で非常に感銘を受けた。最初に「映画化されていない」と書いたがそれも当然で、映像化はほとんど不可能だろう。単純にストーリーを追ったらこの小説のよさの90%くらいは消えてしまい、死ぬほどつまらない映画になるだろう。それでも古谷一行主演のTVドラマはあるらしい。機会があったら見てみたいものだ。

 後から考えてみると仙石直記はあの件で彼に恨まれているだろうことに気づいていなければおかしいし、そうなると金田一が途中まで謎解きをした時点で身の危険に気づきそうなものである。また犯人は守衛の首を自分のアパートから屋敷まで持ってきたことになる。結構な大荷物になるはずだが、それをいつ、どうやって持ってきたのかなど細かい疑問はあるのだが、そんなことは読んでしまったあとで考えればいい。知名度がやや低い作品なので読んでない方が多いと思うのだが、これはおすすめだ。
.18 2014 ミステリ comment0 trackback(-)

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