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ユベール・マンガレリ おわりの雪


 今年初めの読書は、フランスの作家マンガレリの「おわりの雪」という作品。先日本屋さんで梨木香歩「冬虫夏草」を買った時に一緒になんとなく買ってしまったのだが、非常に薄い本なのですぐに読んでしまった。

 この作品のストーリーは単純といえば単純で、児童文学に近いような平明なものだ。これをいちいち紹介すると正直言ってこの作品の魅力が目減りしてしまうと思う。その単純なストーリーと全く平明な文章で、生と死、父と子という結構深刻で深いテーマを、優しさと残酷さの微妙なバランスの中に練りこんでさらっと読ませる、キラリと光る小品だ。
 解説によると『少年と父親の繊細なかかわりや、少年の日常に潜む生や死のドラマ、恐怖や孤独の影でひっそりと光を放つ空想や記憶の甘美さが、沈黙の中に、あるいは沈黙にきわめて近い、つぶやきのようなものによって描かれ、深く心につきささる』とある。この作品の美点を余すところなく言い表す全く見事な文章で、作品全体の評論としてこれだけ読んでしまえばもはや何も言うことはない。

 ただ私には、どうしてもこの作品の主人公が『少年』だと思えないのだ。
どうしてそう思ったのか。それは彼が学校に行っているという記述が全くないという点や、同年輩と思える友人が一人も登場しない点もそうだし、少年にしては奇妙な老人ホームでのアルバイト、さらに少年にしてはやたらに宵っ張りな事など、主人公を「少年」と考えるには違和感が多々ある。
 私には、この作品の主人公は17~8歳の、知恵遅れの青年だと思える。そう考えると上に述べた違和感がきれいに払拭できるのだ。17~8歳なら作品のはじめの方の「ぼくの年頃ならトビとラジオのどちらが欲しい?」という会話も成り立つだろう。

 もし主人公が私の思うとおりの青年だとしたら、この作品の様相は大きく変貌する。
主人公が「少年」ならば、ここで起きるいくつかの事件や、ラストでの父との別れが、主人公の成長に繋がるが、「知恵遅れの青年」ならばそうはならないからだ。主人公の気持ちとしても、前に進んだようには全く思えない幕切れもそれを示唆してはいないだろうか。

 そういうわけでこの作品、少なくとも私には停滞したイメージしか持てなかった。全体の流れとしてとてもいい作品なだけに、それがすごく気になった。
.07 2014 フランス文学 comment0 trackback(-)

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