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石牟礼道子 苦海浄土


 環境汚染による食物連鎖により引き起こされた人類史上最初の病気であり、「公害の原点」といわれる水俣病。その水俣病について書かれたこの作品は、この公害病を世間に知らしめす役割を果たした。先ごろは池澤夏樹氏の世界文学全集に収録されるなど、いまだにその価値は薄れない、という触れ込みで手にとった。

 すごい作品である。「ゆき女きき書き」の章などは本当にすごい。悲惨な内容ながらなんとも美しくノスタルジックで強烈な感銘を受ける。
 しかし、これはフィクションなのだ。考えてみれば、歴史上の出来事について書かれた小説は大筋が実話であっても、細部に至るとほとんどすべてがフィクションだといえる。この作品もそうなのだ。登場する患者は実在の人物で、実際に書かれているような症状で苦しんでいるのだが、ここに書かれた彼らの言葉は、作者が実際に彼らから聞いたものを膨らませたものだということなのだ。そこを理解して読まないといけない。

 前述の「ゆき女きき書き」の章の後半は患者の坂上ゆきという主婦のモノローグで構成されている。これが読んでいて胸が詰まるような哀切極まるものなのだが、その前に坂上ゆきの病状について、口が震えてまともに喋れない事が書かれていて、それなのにこれだけのモノローグの内容を作者が聞き取れたはずもない。本書中にはそうした作者の創作が随所に散りばめられている。
「天の魚」の章では作者は患者の杢太郎少年の家に出入りして杢太郎少年の祖父から話を聞くという体裁で書かれているが、これにしても一家に激しく感情移入している作者のスタンスはルポ作家のものではない。
 かと言ってこの病気の原因となったチッソを手放しで批判することも出来ない。この会社が地元に落した利益の大きさを近在出身の作者はよく知っているからである。
 そう言ったこの作品のエモーショナルな記述や中途半端なスタンスを、「正確を欠く」としてこの作品の弱点と見ることもできる。しかしこれはルポルタージュではなく、小説と言う名のフィクションなのだ。むしろこの時期に、あえて事実のみを記したルポルタージュの方向ではなく、小説としてこの作品を世に問うた作者の勇気に感服する。

 「小説」としてみた時に、これは極めて文学的な傑作だ。驚くべき悲惨を見つめながら、これだけ美しい小説が書けるとは。その悲惨と美しさのギャップがとても怖い。
 そしてここで描かれている、水俣病と街を支える大企業との板挟みで苦悩する人々は、いまこの本を読むものにはフクシマと東電を容易に連想させるだろう。これは昔の公害病の記録にとどまらず、フクシマで起こることの予言の書だったのかもしれない。現代人必読の一冊である。
.05 2013 日本文学 comment0 trackback(-)

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