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M.A.アストゥリアス 大統領閣下

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 1898年から1920年までの22年間、グアテマラはマヌエル・エストラーダ・カブレーラ大統領による独裁に支配されていた。
政敵を暗殺し、クーデターを図った者たちの家族・友人に至るまで粛清するなどその施政は熾烈を極めた。「大統領閣下」はこの暗黒時代を描いたアストゥリアスの出世作である。

 ソンリエンテ大佐が殺害される事件が起こり、大統領はこれを機に政敵であるカナーレス将軍を粛清することにする。大統領の腹心、ミゲル・カーラ・デ・アンヘルは大統領の命を受け、カナーレス将軍を脱出させる手引きをする。逃げたという事実で暗殺の首謀者であることを印象付けようとする陰謀だった。しかしカーラ・デ・アンヘルはカナーレス将軍の娘カミーラを混乱に乗じて連れ出す。やがて二人は結ばれるが…

 南米文学はこれまでにもたくさん読んできたが、独裁者ものという事でガルシア・マルケスの「族長の秋」とか「迷宮の将軍」のようなものを想像して読むと、それらとはまた違う内容で、独裁者の孤独をどちらかと言うと比喩的・芸術的に描いた上記2作品とはうって変わって、ここでは独裁政治の暗黒面を直視してノンフィクション的なスリリングさと怖さを持った作品に仕立てていく。
 南米文学の特徴としてよく「マジック・リアリズム」という言葉が使われるが、ここで描かれるのはマジックなどではないリアリズムによる残虐行為を含んだ恐るべき現実の描写だ。インクをこぼしただけで処刑されてしまう者もいれば、全くの無実で捕われた上、子供を殺され売春宿に売られてしまう主婦とか暴虐の限りを尽くす大統領だが、ここではその人となりははっきりとは描かれない。だからこそこの作品はカストロのシンパであり、独裁者の心情に迫ろうとするガルシア・マルケスの独裁者小説よりも怖いのだ。本当にこんな時代、こんな国に生まれなくてよかったと思ったのだが、世界の多くの独裁者は民主主義の手続きに沿って正統に大統領になったのだ。アドルフ・ヒットラーはその代表格だが、日本も今東京で、大阪でファシストの卵っぽい人物が知事やら市長やらに相次いで当選している。うっかりしていると明日は日本がこの小説のような事がまかり通る国になるかもしれない、そのことをちゃんと考えておかないといけないと思う。

 そして独裁者といえば先日死亡が報じられた北の将軍さまが思い浮かぶ人も多いだろう。きっとかの国では、この小説のような事が実際に起こっているのではないだろうか。願わくば新しい指導者が独裁から抜け出す筋道を作ってくれる事を願うが、そうも行かないのだろう。そう思うとこの小説に書かれている事はまだまだ遠い国の昔の話だと考えるわけには行かないのだ。
.27 2011 中・南米文学 comment0 trackback(-)

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