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ジャック・ケルアック 孤独な旅人


 ビート・ジェネレーションの代表的作家ケルアックの、「路上(オン・ザ・ロード)」の3年後、1960年に発表された短編集。「路上」はなかなか面白かったし、短編集だから読みやすいだろうと思って読み始めた。

 「短編集だから読みやすい??」とんでもない。非常にとりとめない文章が続いて意味が取れないし、これは意図してであろうが改行すべきところを改行せずに文章を進めて行くので、1ページあたりの文字数もかなり多い。そんなこんなで、これはめちゃくちゃ読みにくい本だ。しかも収録されている8編がどれも似たような調子なのだ。
 これはケルアックがいろんな職を転々とした若い日のことを描いた、そういう意味では自伝的な作品なのだが、それを前述のようなとりとめない文章を駆使した独特の技法(?)で書いてあるのでまあ正直な話よくわからない。鉄道員をしたり、貨物船で働いたり、山火事監視員として山に篭ったりした経験をつらつらと書いてあるのだが、正直なんだか面白いのやら面白くないのやら。小説として読むよりも一種の散文詩みたいなものと捉えたほうがいいのかもしれない。それにしては分量が多いが…

 で、私がこの本を読んでよくわかった事は、彼がなぜか日本の都市として私の住む町「佐世保」をやたらに高く買っているという事実だけだ。
 この本には、「佐世保」が4回も出てくる。ひとつ目は80~81ページ。サンフランシスコの描写だ。『アルカトラズ島の狂気の岩、タマルパイアス山の登山口、サン・パブロ湾、遠くのサルサリート郡のねむたい周縁部の岩と藪、そして佐世保への海路を突っ切って進む素晴らしい白い船の群れ』
 「東京」や「横浜」が多分1回づつしか出てこなかった事実を鑑みると、ケルアックは「佐世保」を日本の都市としてかなり強く認識していたと言っていいだろう。ケルアックの来歴を見ると、『第二次大戦中に船員として世界中を放浪し、戦後はバロウズやギンスバーグとともにアメリカ中を放浪した』とある。大戦中に敵国を訪れるはずもないのでおそらく佐世保を訪れた事はなかったのだろう。おそらく知り合いの海軍経験者にでも聞いた、米兵向けのスナックやキャバレーが並んでいた、みょうにハイカラだった(と聞く)50年代の佐世保の独特なイメージがケルアックの脳裏にあったのだろう。
 そして171ページ。『そして船はアメリカ大陸の心臓部へとミシシッピ川をダダダッと遡上していく、かつてヒッチハイクした土地だ、糞、船はぼくにとって異国情緒たっぷりな佐世保に向かっていなかった。』こんな風に書いたケルアックは佐世保を訪れてみたかったのかな?いや100%そうではないだろう。ただ「佐世保」という地名が日本の地名として思い浮かんだだけに違いない。

 というわけで、「路上(オン・ザ・ロード)」が面白かったからといってこっちも面白いかもなんて思って手を出すと私同様痛い目に会うかもしれない一冊だ。きっと翻訳ではなくて原書で読むべき作品なのだろうなあと思ったりもした。
.30 2011 北米文学 comment0 trackback(-)

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