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ヴィクトル・ペレーヴィン 宇宙飛行士オモン・ラー


 ペレーヴィンは一昨年だったか「恐怖の兜」を読んだ。これは全編チャットのログで書かれたかなりとんでもない小説だったが、こちらは「恐怖の兜」よりも大分前、1992年に書かれた作品で、書かれ方だけから言えばかなりまっとうな小説だ。

 オモン・クリヴァマーゾフは宇宙飛行士を夢見る少年だったが、その夢がかなって宇宙飛行士を養成する航空学校に進学するが、彼を待っていたのは驚くべきミッションだった…

 以下ネタバレあり注意

 ここでオモンが参加せざるを得なくなる「ルノホート計画」とは、ソヴィエト連邦が1970年代に行った無人月面者による月面探査のことである。このミッションの内容については、「ロシア宇宙開発史」という素晴らしいHPがあるのでそちらをご覧いただくとよくわかるだろうと思う。(ルノホートのページはこちら)これを見ると、この無人探査に宇宙飛行士の出番なんてあるはずもないのだが、ペレーヴィンの奇想は、実はあの中に人間が乗っていたら…という所から一点突破して、今はなきソヴィエト連邦がどんな無茶苦茶な国だったかを虚実ないまぜにして告発する。

 …というかここに書かれていることはほとんどが「虚」に違いないのだ。この作品の前提になる、多段式ロケットの点火や切り離しを、特攻隊員が手動でやるというのは、任務を果すまで彼らに確実に生きていてもらわなければならないので、その為の設備がロケットの各段に必要になり、逆にコストがかかりすぎて現実にはありえないのだ。だがまあそういう極端な設定はともかく、チェルノブイリ原発事故やチェチャ川の放射線物質漏洩事故を思い出せば、この国にはこれに似たような考え方で国家の面子のためとか秘密の保持のためとかだけに兵士の命を犠牲にした事はいくらでもあったと思われ、だからこそこの作品はその荒唐無稽な内容にもかかわらず「リアル」なものに思えてしまう。不条理な上司達に虐待され足を切断され、親友のミチョークが意味不明の「輪廻テスト」で不合格になり射殺されたりしながらもオモンはルノホートの「動力」として月へと向かう。ロケットの切り離しを担当する隊員たちとの会話が恐ろしく、悲しい。
 でありながら、この作品はソヴィエト批判だけの作品ではない。歪んだ世界で、歪んだままの世界観を押し付けられた人間に物事がどう見えるのかを冷静に描いた作品なのだ。オモンの夢の中で熊が言う「俺もこの世も、ぜんぶだれかの想念にすぎない」という言葉が歪んだ現実を暗示する。しかもこの国を象徴する動物である熊にそれを語らせるところがまたニクい。
 そして「月」から脱出したオモンが街中の人々の中へと紛れていくラストでは、隣に座った女性の買い物籠に、いつも食べさせられていたまずい食事のメニュー(星形のマカロニの入ったスープ、ライスをつけあわせにしたチキン)の材料が入っているのが決して明るくない未来を感じさせて象徴的だ。

 巻末の解説が非常に詳しくて非常に参考になる。主人公の苗字クリヴァマーゾフがカラマーゾフに由来しているなど普通の読者はなかなか気づかないだろう。

 ちなみに同じ作家の短編集「眠れ」もすでに読んだので近日こちらもレヴューしたいと思っているのだが、ペレーヴィンという作家、現代の世界中の作家の中でも重要な作家の一人ではないかと思う。この作家を「ロシアの村上春樹」などと呼ぶ人もいるようだが、とんでもない。村上氏の空疎な作品とペレーヴィンの作品では作品の重みが全く違う。ブルガーコフからストルガツキーへと繋がるロシアの幻想的文学の担い手であると考える。そういえば「眠れ」のなかのいくつかの作品もそうだったけど、これもどことなくストルガツキーの匂いがする作品だと思う。 
.25 2010 東欧・ロシア文学 comment6 trackback(-)

comment

最後の「月」から脱出してからの部分ですが、という事はそもそもルノホート計画自体がカプリコン1状態だったという事なのでしょうか?それとも最後の部分は、酸素不足で死にかかっているオモンの見た幻想なのか、どちらの解釈が妥当なのでしょうか?
2012.09.30 21:44 | URL | X^2 #CypyILE6 [edit]
う~ん、どちらの解釈もありですね。
私としては前者の解釈なんですが、
もし「夢」とか「幻想」と解釈するならば、銃で撃たれて逃げ出した後よりもそれまでの月旅行のほうが「夢」とか「幻想」だったと考えた方が妥当なような気もします。
2012.10.01 19:05 | URL | piaa #- [edit]
私も前者の解釈が普通だと感じるのですが、ただそうすると「月へ向かっている途中」での無重量状態が全く無かった事に、何でオモンが気がつかなかったのか、という疑問が残ります。それとも訓練でそんな事は一切教えなかったので、疑問にも思わなかったのかな。
実はこれと同様の疑問を「宇宙飛行士ピルクス物語」の「テスト」でも持ちました。あの話だとどう見てもテスト宇宙船は地上を離れていないと思うのですが、途中の船内描写は無重量状態ですよね?レムほどの作家がこんなミスをするかな、とちょっと不思議なのですが。
2012.10.01 23:49 | URL | X^2 #CypyILE6 [edit]
う~ん、確かに…
「オモン・ラー」では無重力の描写は一切無いようですね。
「テスト」ではピルクス自身はベルトなどでガチガチに拘束されていたので無重力と重力のある状態の差を感じにくかったのかもしれませんが、はっきりと航宙日誌が浮かんでいるという描写がありますね。ただこの基地自体宇宙ステーションにあったという可能性もないことはないでしょうか。
レムは結構いきあたりばったりに作品を書くことがあったみたいで、あの「ソラリス」でさえ、クリスがソラリスに着いたところを書いている時点でレム自身『ステーションに何が起こっていたか知らなかった』そうですし…
ピルクスはそもそも泰平ヨンと似た軽いノリで書かれ始めたようなのでそこまで深く考えてなかったのかもしれませんね。
2012.10.03 01:19 | URL | piaa #- [edit]
中国の月面探査機成功の報道を見ていて、ふとこの話を思い出しました。旧ソ連よりもむしろ中国の方が「人海戦術」というかこの種の作戦が相応しそうな気がするのは、私の偏見でしょうか。あの「玉兎号」も誰かがペダルを踏んで動かしている、なんて事はまさかないでしょうね。
2013.12.15 19:52 | URL | X^2 #CypyILE6 [edit]
X^2さん、こんばんわ

思わず笑ってしまいましたが、「玉兎号」が人力って…ありそうですね。
そう思わせる中国って国もある意味すごいですが。
2013.12.15 23:41 | URL | piaa #- [edit]

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