スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
.-- -- スポンサー広告 comment(-) trackback(-)

ル・クレジオ はじまりの時


 昨年読んだ「黄金探索者」が素晴らしかったので、一躍私の最注目の作家となったル・クレジオ。「黄金探索者」の巻末の解説によるとその続編と言える作品が二つ書かれていて、その中の一つがこれなのだ。というわけで、「黄金探索者」の感動が再現できるかと大変期待して手に取った。

 この小説は現代に生きる青年ジャン・マロと、その先祖で18世紀に生きたジャン・ウッド・マロの人生を描いた部分が交互に置かれ、以前読んだリョサの「楽園への道」とちょっと似た構成で作品は進む…のかと思いきや、二人のジャンを平行して描くのは上巻だけ。下巻になると時々ジャン・ウッド・マロの方は港を観察する日記だけになってしまう。そのうえ終盤ではジャン・ウッド・マロと同時代人だが全く彼とは関わらないキアンベというアフリカ出身の女性が登場してきて、彼女のエピソードが現代のジャンと平行して描かれるようになってしまう。物語自体もかなり長い年月にわたるうえ、ジャンはアレクシほどはっきりした生きる目的を持ってもいないために、なんだかだらだらと人生を過ごしているように思えてストーリー的にまとまりに欠ける。

 副筋として登場するキアンベのエピソードなどは全く不要だし、単純な小説としての完成度を考えるならジャン・ウッド・マロのエピソードもばっさり切っても良かったような。もっとも彼らのエピソードと作者の分身である現代のジャンが平行して描かれるからこそこの作品の存在価値があるわけで、外すわけにはいかないのだけど。しかしそのためか構成も緩く、「黄金探索者」で私をうならせたあの緻密さはどこへやら。
 翻訳のせいもあるかもしれないが「黄金探索者」や「海を見たことがなかった少年」に感じられた文体の魅力もまったく感じられず、「黄金の魚」同様とりとめない作品になってしまっている(そういえば本書と「黄金の魚」は同じ翻訳者だ)。残念ながらこの作家の悪いところが出てしまったと思う。凡作だったといわざるを得ない。

 まあとかなんとかぐだぐだ書いたけど、読んでいてわくわくしない。主人公も、ヒロイン(この作品にそんなのがいたかどうかよくわからないけど)も魅力的でない。船旅のスリルもない。要するにこの作品にはロマンがないのだ。

 それと、邦題が悪い。「はじまりの時」というどことなく女性的なタイトルはこの作品に全くそぐわない。原題の「Révolutions」は「革命」「回転」の意味で、この作品の内容から考えると「回転」に「輪廻」とか「因果」のニュアンスを持たせた程度の意味と思われる。「黄金探索者」の解説では「回帰」と訳してあり、タイトルとしては多少生硬な気がするがこちらの方が「Révolutions」というタイトルの翻訳としてはるかに正しいと思う。あとがきで邦題を「はじまりの時」とした経緯を翻訳の村野氏が述べておられるが、そんな適当な思い込みで大事なタイトルを決めちゃっていいのか、ル・クレジオが「Révolutions」というタイトルに込めた気持ちはどうなるのか、非常に疑問に思った。

 というわけで、あらゆる意味で非常に残念だった作品。私の中のル・クレジオブームもこれで終わりかなあ。
.29 2010 フランス文学 comment0 trackback(-)

comment

post comment

  • URL
  • comment

  • password
  • secret
  • 管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

piaa

  • Author:piaa
  • Livedoorへ移転しましたので、そちらでお願いします。

    こちらのブログへのコメントには返信できません。

ブログナビ

P&M_Blog
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ --年--月
  ├ カテゴリー
  |  └ スポンサー広告
  └ スポンサーサイト
P&M_Blog
 トップページ
  ├ 月別アーカイブ
  |  └ 2010年08月
  ├ カテゴリー
  |  └ フランス文学
  └ ル・クレジオ はじまりの時

カレンダー

03 | 2017/03 | 04
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

月別アーカイブ

カウンター

ブログ内検索

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。