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ダニロ・キシュ 庭、灰


 河出書房新社から刊行中の池澤夏樹個人編集世界文学全集の最新巻はダニロ・キシュの「庭、灰」とカルヴィーノの「見えない都市」というかなり変則なカップリングの一冊。当初の予定とは組み合わせが変更になった一冊だ。どうしてこういう組み合わせになったのかよくわからないが、キシュは読んでみたかった作家なので図書館から借りてみた。

 ダニロ・キシュは1935年生まれのセルビア(当時はユーゴスラヴィア)出身の作家。この「庭、灰」は彼自身の少年時代の思い出を元に構成された自伝的な小説である。
 冒頭から少年時代の、母や姉らの思い出がノスタルジックに語られて行く。山崎佳代子氏の翻訳は非常に美しい日本語で書かれていて、まるで堀辰雄の小説を読んでいるかのような錯覚を覚えるほどである。家族や、彼らを取り巻く人たちの思い出や、同級生の少女との淡い初恋の物語が美しいイメージで描かれているのだ。

 ところが、小説が中盤までさしかかり、父のエピソードが語られ始めると、小説の結構が突然破綻する。何がなんだかわからなくなるのだ。父は何度も失踪し、森の中で暮らし、時々風体と名前を変えて主人公の前に現れる。121ページには父が20年後に現れたという記述があるが、それなら主人公はこの時点で27歳になっているはずなのに、137ページから犬のディンゴの話になる時には主人公はまたもとの少年に戻っている。どうしてこうなるのか。その後は父の去ったあとの様子が普通に描かれて終わる。

 巻末の解説によると、ユダヤ人だったキシュの父は、実際には第二次大戦中にナチスに連行され強制収容所で亡くなったのだそうだ。この作品での父に関する錯綜した表現は、父に生きていて欲しかった一念、あるいはそれのアイロニカルな表現から出ているのだという。なるほど、そう考えるとこの作品に、父の面影を捜す息子の切実な思いが滲み出ている事に気づかされるのである。
 作品を通じて戦争の匂いがほとんどしないのもこの作品の大きな特徴だと思う。「ナチスの強制収容所で亡くなった父の物語」といううたい文句でなにやら悲惨な内容の作品を連想する人が多いだろうと思うのだが、幼い主人公の視点で描かれているこの作品には表立った「悲惨」は登場せず、しかしそれゆえに、そこに滲み出る戦争の影の深さにたじろいでしまうのだ。

 深い思いと、美しい文章が印象的な一作。普通に我々の抱く東欧文学のイメージとは少し違うかも知れないが、それだけに東欧文学に興味ある人は必読だ。

 しかしなんでこれが「見えない都市」と一冊になっているのかはよくわからない。「見えない都市」と言えば、読むのが恐ろしく難儀な作品ではあるが、大傑作である事は間違いなし。今は挫折したとしても、持っていて損はないだろう。
.20 2009 東欧・ロシア文学 comment0 trackback0

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