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Musical Baton

別にまわってきたわけでもないけど、ntmymさんのところで見かけたので勝手に答えてみようっと

★Total volume of music files on my computer

ちょっと調べて唖然とした…9.6GB、3000曲だ!!よく見ると無駄なもの多し。入れたまま一回も聞いてないのもありそう。

★Song playing right now

FLOW「DAYS」←エウレカセブン。

★The last CD I bought

チック・コリア「Retern to Forever」
超有名作にもかかわらず、意外と買ってなかった作品。
先日TUTAYAで見かけて1500円だったので衝動買いした。

★Five songs(tunes) I listen to a lot, or that mean a lot to me

1 Paul Winter「Lullaby From the Great Mother Whale for The Baby Seal」

ポール・ウインターのアルバム「Callings」の一曲め。邦題は「大きなお母さん鯨が、アザラシの赤ちゃんに捧げる子守唄」。そのタイトル通り、ザトウクジラの声とポール・ウインターのソプラノサックスが響きあう奇跡のトラック。

2 J.S Bach 「Suite fur violoncello solo Nr.1 G-dur BWV 1007」
 バッハの「無伴奏チェロ組曲第1番」。マイスキー(演奏会場で目の前でサインしてもらった)と、フルニエのCDと、ロストロポーヴィッチのDVDも持っている。演奏者の個性が強烈に出る作品でもある。

3 Laura Pausini 「Tra te e il mare」

イタリアの歌姫が歌う、とてもロマンティックな曲。これを聴いてファンになった。

4 Malice Mizer 「au revoir」
 ここ10年の邦楽のヒット曲の中でも最高の一曲。ロマンティックな歌詞とセンチメンタルなメロディを歌うGacktのボーカルに、今は亡き天才ドラマーKamiの鋭い切れ味の高速ドラミングが重なる驚異のトラック。

5 Keith Jarrett 「Novenber 14 1976 Tokyo / Encore」

キース・ジャレットのソロ作品は全くの即興演奏で、CD化されたものはどれも名演奏だが、中でも1976年の日本公演を収めた6枚組みCD「サンベア・コンサート」の中のこの曲は、圧倒的な美しさで呆然としてしまうほどである

★Five people to whom I'm passing the baton

じゃー見てたら、
三太郎君とおかむー君。あえてリンクは張らず。
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.30 2005 日記など comment7 trackback4

フエンテス アウラ・純な魂


メキシコの作家カルロス・フエンテスの短編集。
 この作品集には6作の短編が収められているが、どれも極めて独特な世界観を感じる作品ばかりである。
 マヤ文明の雨の神チャック・モールに心を蝕まれていく「チャック・モール」、幼ななじみの少女アミラミアの思い出をたどっていくうちに不気味な幕切れへ誘われる「女王人形」、老婆のもとに働きに来た男が不思議な体験をする、「雨月物語」にインスパイアされたとも言われる「アウラ」。
 以上三作は特にオカルトっぽい作品で、マヤやアステカなどの中南米の古代文明とのつながりも感じさせる、この作家の特色が強く出た作品なのだろう。

 しかし、一番印象に残ったのは「純な魂」という作品である。この作品は兄の遺体を引き取りにスイスに出向いた妹クラウディアの一人称で語られる。小さいころから仲のよかった兄と妹。兄ファン・ルイスは仕事のためにヨーロッパへ向かう。兄はその手紙の中で妹と恋人クレールを混同するようになり、やがて妹は兄を愛するあまりに、ファン・ルイスとクレールを破滅へと追い詰めていく。オカルトの要素のまったくないこの作品が、実は一番怖いかも知れない。
.29 2005 中・南米文学 comment8 trackback1

マイヤー・フェルスター アルト・ハイデルベルク



 時は19世紀。ドイツ、ザクセン州のカールスブルグ公国の公子カール・ハインリヒは、1年間の留学のためにハイデルベルクに向かう。窮屈な宮廷生活から解き放たれ、ケイティという恋人を得、自由を満喫するカール・ハインリヒだったが、ある日大公急病の知らせが入る。

 誰でもきっと覚えがあるだろう、青春の輝きと痛みを思い出させてくれる佳作。公子(要するに皇太子)と町娘のはかない恋という要素がクローズアップされそうだが、ここにはそのほかにも青春が終わるとともに消えていくあらゆるものが描かれていて、それらすべてに対して深い喪失感を覚えながらも青春が終わって、これからはじまる人生へと向かう若者たちの苦悩を描き出す。
 はっきり言って、ゲーテ等のドイツ文学の巨星に比べると、マイヤー・フェルスターは二流作家である。扱っている素材も身近な、小市民的な物で、例えばゲーテの「ファウスト」の宇宙的なスケールの大きさには及びもつかない。しかし身近な内容なだけに、自分も似たような経験をしたなあ、という人はきっと多いだろう。

 私が読んだのは小説版のほうで、原題は「Kirl Hainrich」。日本では有名な戯曲と同じ「アルト・ハイデルベルク」と呼ばれている。戯曲の「Alt Heidelberg」はこの小説版を元に作者マイヤー・フェルスターが書き直したものだそうで、多少違いがあるらしい。戯曲の方も読みたいな、と思ったのだが…しかし、私の読んだこの角川文庫版もそうだが、戯曲版の岩波文庫版もとっくに廃刊になっているし入手困難。
 
 戯曲版のドイツ語のテキストがネット上にあったので、自分で訳してみようかとも思ったのだが、ネット上のテキストは誤植だらけ。ちょっと無理なようだ。どなたか達者な人訳してみてください。
.27 2005 ドイツ文学 comment0 trackback0

スター・ウォーズの科学 その3

 はじめに…よくよく考えてみるとSW世界の住人は重力を自在に操る事ができるのであるから、これは引力や質量といった物理学のファクターを無視できるということであり、したがって相対性理論に縛られないはずで、前回述べた「光速の1.5倍」うんぬんの記述には矛盾があったかもしれない。
 さて、今回はSW世界の武器、「ライトセーバー」について考えてみたい。

写真はEP1より。
 『ライトセーバーは発動していないときには、長さ30センチほどの飾りボタンのついた研磨した金属製の取っ手のようだ。ボタンを押すと、内部のエネルギーが発散して、1メートルほどの純度の高いエネルギーの刃となる。ブンブンという音を立て、独特な音を出して火花を発する。輝く刃では、ほかのライトセーバーの刃以外であれば、ほとんどどんなものでも切断することができる。』以上、STAR WARS Japan(公式サイト)より抜粋。そう、ライトセーバーのエネルギーが何かは公式サイトでも説明されていないのだ。

 ライトセーバーの特質として
1、ほとんどなんでも切れる光る刃
2、ライトセーバー同士では普通の刀みたいに受けたり、流したりできる
3、ビーム攻撃をはじき返す
この3点がよく知られている。
 ライトセーバーのエネルギーとして、レーザー光線であると書かれている記事をよく見るが、レーザーでは上の「2」も「3」も説明できない。「ガンダム」のビームサーベルについては荷電粒子のプラズマ・トーチであるとされているが、これも「2」は不可能。
 ではライトセーバーとは・・・?

 ズバリ、これは小さなブラックホールである。分子程度の大きさのブラックホールを重力コントロール技術で発生させ、トラクタービームの技術で棒状に安定させたもの、それがライトセーバーなのだ。

 このブラックホールは強力な引力で周囲の空気を吸い込もうとする。ブラックホールへ吸い込まれていく空気中の物質は亜光速まで加速され高温のプラズマになってブラックホールの周囲に渦を巻く。このとき熱と同時に光も出すので刃が光って見える。この状態ならほとんどどんなものでも切れるし、ライトセーバー特有の音も、打ち合った時に火花が散るのも説明できる。「3」のビームを跳ね返すのも重力が偏向するブラックホールの性質上可能だと思う。
 ブラックホール自体を回転させたり、質量をコントロールする事で見かけの色の違うセーバーを作れる。
 もちろん相当重いはずだけど、この世界では重さの問題はカンタンに解決できるわけである。この説はかなり説得力あると自負しているが、どうだろう?
.24 2005 スター・ウォーズ comment4 trackback1

シュトルム 広場のほとり・大学時代



 前回読んだみずうみ 他四篇につづいて読んでみた、19世紀ドイツの作家シュトルムの作品集である。
 基本的には、前回読んだ「みずうみ」と似たイメージの、失われた若き日の恋の回想の物語が多く、表題作「広場のほとり」はまさしくそういう物語で、恋ははじめの、ほんの取っ掛かりで挫折してしまう。現代の感覚で読むとなんじゃいそれ、といいたくなるほど抑制の効いた物語である。だからこそロマンティックなんだけど。

 「大学時代」はこの本の半分を占める中篇。
 主人公フィリップははじめヒロインのローレに恋をしていたはずだが、身分の違いから身を引いたのか、いつの間にか友人のクリストフとローレをバックアップする立場になっている。この辺の19世紀人らしい(?)潔さが、さらにはあっさり悲劇を選んでしまうラストが、クラシックな物語と割り引いて考えるのでなければ、すなわち現代の物語に置き換えて考えたら、われわれ20世紀人には理解できない。ましてや冷血な21世紀人はなんと思うのだろうか? 

 例外的に現代的で、そのロマンティックさとのバランスも絶妙なのが「おもかげ」という掌編で、ここでは燃え上がった恋の炎に燃え尽き、死んで行く少女と、彼女を亡くして死者を愛する運命に落ちてしまう青年の姿を淡々と描いていて、わずか6ページの作品だが印象深い。

 とにかく19世紀の青春を満喫できるタイムスリップな一冊。個人的には象徴と謎の飛び交う「みずうみ」よりもこちらの方が好みである。
 この流れのドイツの古典的作品としてある意味決定版ともいえるマイヤー=フェルスター作「アルト・ハイデルベルグ」も入手済み。
.23 2005 ドイツ文学 comment0 trackback0

トーベ・ヤンソン ムーミン谷の彗星



 MINMINがこの間「たのしいムーミン一家」を読んで面白かったらしく、他の本も読みたいというので買ってきたのだが、彼女が読む前に1時間ほどで読んでしまった。
 TVアニメで有名な「ムーミン」はフィンランドの女流作家トーベ・ヤンソンが書いたもので、この「ムーミン谷の彗星」は第一作に当たる。
 ムーミン谷に住みついたムーミントロール親子。しかし、哲学者じゃこうねずみに、彗星が地球に激突すると聞いて、これを確かめるために友人のスニフとともにおさびし山の天文台へと向かう。そこで4日後に彗星が地球に衝突すると聞き、道中で友人になったスナフキン、スノーク、その妹の「スノークのお嬢さん」を伴って、ムーミン谷への帰路を急ぐ。はたしてムーミントロールは破滅の日を父と母のもとで迎える事ができるのか…?
 と、書くとなんだか安っぽいSFみたいだが、読んでみるともちろんいわゆるSFとはかなり違う印象になる。彗星が激突して地球が破滅するかもしれないというのに、ムーミントロールたちはすごく冷静で、パニックになったり、捨て鉢になったりせずに、目の前の問題を解決する事に全力を傾け、家に戻るという目的に向けて努力するのである。
 この作品の初版は1946年に発行されている。戦争の暗い影が彗星の激突という破滅のイメージに重なり、それでも家族を信じて日々を楽しく生きるポジティヴさ/単純さが素晴らしい。
 この作品は当初あまり評判にならず、日本でも第二作「たのしいムーミン一家」の方がよく読まれているようだが、この「彗星」の方が小説としてのまとまりがいいと思う。
 スナフキンやスノーク兄妹との出会いも描かれているし、スナフキンがムムリクという種族だということもわかるので、ファン必読である。
 ところでMINMINはスニフがお気に入り。なぜかはよくわからない。このお話もスニフが大活躍なのできっと彼女も楽しめるだろう。
.20 2005 その他欧州文学 comment6 trackback0

パウル・クレー

 ntmymさんのブログで、クレーを見なさいと薦めておいて、自分でも久しぶりに見てたりする。
 クレーは20世紀のドイツの画家。アブストラクト(抽象絵画)の作家で、抽象と言うと引いちゃう人も多いとは思うが、非常に透明で深みのある作品にはきっと惹かれる人も多いはず。1940年に亡くなっているのだが極めて現代的な作風も魅力。以下代表作を紹介します。クリックで拡大。

「いにしえの響き」(Ancient Sound)


「大通りと脇道」(Highway and Byway)


「金色の魚」(Golden Fish)
 
 もっと観たい人はWeb Musiumのクレーのページで。
(Access to Paul Klee's artwork…の下に二つともチェックして、「I Celtify」のボタンを押すと入れます。)
.18 2005 ART comment4 trackback0

中村嘉宏 オーバーマン・キングゲイナー 4



「Overman キングゲイナー」は2002年にWOWOWで放送されたアニメーション(全26話)で、「ガンダム」の富野由悠季氏の監督作品であった。
 舞台は未来の世界のシベリア。過去の戦争で疲弊した自然を守るため、人々は「ドームポリス」というコロニーの中に住む事を強制されている。しかし実は地球環境はもう回復している。それを知った人々の中にはドームポリスを脱出しようとする動きがある。この行動を「エクソダス」と呼び、支配者たるロンドン中央政府やシベリア鉄道警備隊はエクソダス主義者を弾圧する。
 主人公ゲイナーはウルグスクというドームポリスに住むテレビゲームのチャンピオンだが、彼も否応なしにエクソダス騒ぎに巻き込まれる。というストーリー。
 「イデオン」や「ダンバイン」の実績から「皆殺しのトミノ」の異名をとる冨野氏の作品としては珍しく明るい雰囲気の作品で、ロボットアニメなのに作中死人が数人しか出ないという異色の作品であった。
 このコミック版はアニメでキャラクターデザイン・原画を担当した中村嘉宏氏が月刊コミックフラッパーに連載しているもので、一年一巻強というかなりのスローペースで進んでいる。この第4巻ではアニメ版の第6話から第11話までをうまくストーリーを整理して描きなおしている。とてもキレイで丁寧に描かれた絵もいい。アニメを観てなくても十分楽しめるし、トミノファンはぜひ読んでほしい。
 でも次、出るのっていつだよ…
.17 2005 コミック comment0 trackback0

スター・ウォーズの科学 その2

 さて、前回はSW世界の人々が重力を制御する事に成功し、車輪を廃止したと考えられることを述べた。
 実際SW世界の中でもジャワズやグンガンといった「原始的な部族」は車輪を一部、使っているが、スピーダやポッドレーサーがエンジンを止めた時でさえ浮いていることを考えると、この世界での空中浮揚のシステムはタダみたいに安価なのである。

次の写真はEPⅣのデス・スターにミレニアム・ファルコンが拿捕され入っていく場面のスクリーンショットである。

これをみてお気づきになるであろうか?この画面手前に立っているストームトルーパーたちはデス・スターの表面に対して水平に立っているのである。
 下の写真はその数秒前のショット。彼等はこの溝の垂直面に立っている。

 彼等の技術力ならばこの巨大な宇宙ステーションに自由自在に重力を設定できるのである。

 それよりも、もっと重要な秘密がこれらの写真には隠されている。それは映像には写らないが、ミレニアム・ファルコンを捉えてデス・スターまで牽引した「トラクター・ビーム」と言う恐るべき技術である。
 ミレニアム・ファルコンはハン・ソロが言うには「光速の1.5倍出せる」そうだ。まあ、この言葉自体ヘンなのでマユツバだが(だって光速の1.5倍では恒星間飛行には遅すぎる。太陽からアルファ・ケンタウリまで3年かかることになる。亜空間を飛ばない時、と解釈すると相対性理論を無視する事になる)まあ亜光速が出せたとして、そのスピードの出せるミレニアム・ファルコンが捉えられてしまうトラクター・ビームは、ブラックホール並の引力に指向性を持たせたものという事になる。
 さすがにそういう大変な技術なので、デス・スターにはかなり大掛かりなトラクター・ビームの制御システムがあった。

 この技術をちょっとアレンジすれば恒星を真っ二つに割ることもカンタンなはず。デス・スターのレーザービームでオルデランを吹っ飛ばして喜んでるターキン総督とダース・ベイダーはアホである。
 おおっと、この技術でアレも説明できそうじゃん、というわけでつづく。
.15 2005 スター・ウォーズ comment4 trackback0

WinMX亡き後

 WinMXがいきなりの終焉を迎えてはや1ヶ月。
 その代りになるソフトというとやはりヲタクたちの間ではWinnyが一般的なようだが、これは設定がややこしいし、開発者まで逮捕されたいわくつきのソフトなので敬遠して、他にいいソフトはないかな、と探してみた。
 Macで以前から使われていたLimewireはどうだろうと思ってインストールしてみた。これはいい。重いとか書いてあるページもあるがそんなことはない。機械翻訳的日本語はちょっと気になるけど。著作権に触れない範囲で使ってみるといいでしょう。
 ところで私のPCは相当おんぼろのPenⅢ1Ghzの自作機でOSもWinMeのまま(2000やXPを入れると動かないソフトがあったので)なのだが、98/Meでは上のLimeWireのHPからダウンロードしたものでは「userenv.dllがありません」とか言われてインストールできない。98/Meでインストールする人はこちらのLimeWire Win-Full.exeをダウンロードするといい。
 これで悩んでる人、実は多いと思う。この情報が役に立った人は何か書き込みして行ってね。
.14 2005 PC/家電/カメラ等 comment18 trackback0

辻邦生 霧の聖マリ(ある生涯の七つの場所1)



 だいぶ以前に読んで実家に置きっぱなしだった作品。きれいさっぱり忘れていたので今回読んでみた。
 ここに収められた12の短編にはそれぞれ、黄いろい場所からの挿話Ⅰ~Ⅵ、赤い場所からの挿話Ⅰ~Ⅵ、の副題がつけられていて、「黄」はヨーロッパに住む日本人の男が、「赤」は戦前の日本に住む少年が主人公で、それぞれの人生のエピソードを淡々と綴っている。「黄」と「赤」はそれぞれ(この本を読んだだけでは)関連がないようだ。
 最後の作者によるあとがきを読むと、この作品には7つの色の場所があり、その縦のストーリーと、例えばⅠを並べて読むとまた別の人物の人生が浮かび上がるという横のストーリーを併せ持つ、全部で100の短編からなる文学のタペストリーとして構想したのだそうだ。だからこの本だけ読んでもちっとも関連のなさそうな「黄」と「赤」もどこかでつながってくるに違いない。
 どの短編もこざっぱりして読みやすく、日本の短編小説らしく淡白で美しい。各作品にそれぞれの色のイメージが鮮やかに描きこまれているがくどくはない。読んでいて大きな展開にうならせられるようなこともないので、若い時に読んだ時の印象は薄かったのかもしれない。
 「女たちの館」「落ち葉のなか」「北海のほとり」あたりが印象に残った。
 続きを読みたいが、実家には「3」までしかない。そこまでしか買っていないのだ。「4」から後は古本屋を探すしかないか・・・
.13 2005 日本文学 comment4 trackback0

リートフェルトの色とかたち展

 オランダの20世紀の建築家・家具デザイナー、ヘリット・トーマス・リートフェルト。彼の作品を集めた展覧会がHTBで開催中なので観てきた。
下の写真は代表作「赤と青の椅子」


梁と板で構成された、シンプルな構造の椅子で、組み立てもカンタンらしく、子供向けに「作ってみよう」といったコーナーもある。この椅子やその他の作品も大胆な原色を使った奇抜なカラーリングで、ミッフィーちゃんのディック・ブルーナやモンドリアンの絵画(下は参考画像)との共通点を強く感じる。

リートフェルトは1964年に亡くなっていて、この椅子はなんと1918年のデザインなのだそうだ。ぜんぜん古くないどころか、今見てもかなりアヴァンギャルドといえる。
 でも座ってみるとどうなの?と私も思ったが、実際に座るととてもうまい傾き具合で、へたなソファよりも快適である。

 さらにリートフェルトの代表作、「ジグザグチェア」(写真下)もあった。

こっちは極限までシンプルな木目調の椅子。一見硬そうだが座ってみると適度なバネがあり、見た目より対加重の能力も高いそうだ。
 肝心のリートフェルト作品はそれほど数がなかったが、関連作としてディック・ブルーナのリトグラフなども展示してあって、なかなか面白い展覧会だった。
 欲しくなった方はこちら、デ・ステイルダイレクトなどで販売している。
.12 2005 ART comment0 trackback1

スター・ウォーズの科学 その1

 映画「スター・ウォーズ」(以下SW)シリーズは、今年、最後のエピソードⅢ「シスの復讐」が公開されて28年ぶりに完結した人気SF映画シリーズである。映画単体ばかりではなく、キャラクター商品や出版物、この作品について書かれたWebページも多数あり、もはや語り尽くされたといった感もある。
 SWは、SF映画を身近にしたという功績はあるが、「2001年宇宙の旅」や「惑星ソラリス」といった名作が築いたSF映画の品格を下げたという罪も背負った運命的な作品である、と位置づけることができる。一言でいって非科学的なのだ。しかしそう言ってしまうとそれっきりで面白くない。そこで色々考えてみる。

 さてファンの皆さんは気づいているのかいないのか、SWの世界には「車輪」がない。下の写真はEPⅣ「新たなる希望」でルークらが乗る「スピーダ」と呼ばれるモノであるが、

これにもご覧の通り車輪はない。空中にプカプカ浮いている。EPⅡ「クローンの攻撃」には惑星コルサントの都市が出て来るが、さまざまなスピーダがハイウェイを走る車列のごとく空を飛んでいるのが画面に出て来る。この世界ではスピーダはまさしくわれわれの自動車と同じ使われ方をしているのだ。このことからわかる事は、この世界では宙を浮く技術が車輪と同じくらい当たり前に使われているという事だ。
 では車輪を使っているメカは?ひとつ見つけたのはこれ、

ジャワズが使っていたサンドクロウラーである。車輪の延長であるキャタピラがついている。おそらくはシリーズ最初期に作られたメカなので、ルーカスの意図がまだ徹底していなかったのであろうと思われる。
この他のメカは宙に浮くか、動物を思わせる足で歩いている。

 地球上には太古からさまざまな文明が栄え、滅んだが、車輪を使わなかったのはマヤ文明だけだと言われている。車輪を使わない文明というのはそれほど例外的なはずなのだが、なぜSWの世界はその「例外的」な文明のままあそこまで繁栄したのか?
 それは文明の早い時期に重力を制御する方法を会得したからに違いない。この技術によって彼等は重力によって惑星表面に縛り付けられ、その上を這いずり回らざるを得ないさだめの象徴のような車輪から開放され、重力を制御する事によって星の世界へと乗り出していく事ができたのだ。

この項つづく
.10 2005 スター・ウォーズ comment2 trackback1

シュトルム みずうみ 他四篇



 テオドール・シュトルムは19世紀ドイツの作家で、「みずうみ」(原題Immensee インメンゼー)は彼の代表作である。邦訳はこの岩波文庫の関泰祐訳と、新潮文庫の高橋義孝訳の二通りが出ている。
 主人公ラインハルトが幼なじみのエリーザベトとの失われた初恋を思い出すという、この時代にはよくある作品で、以前紹介したゴールズワジー「林檎の樹」などにも通じる抒情的な名作である。
 …と思って読むと確かにそういう作品なのだが、よく読むとこの短いシンプルな作品の中にさまざまな謎が潜んでいる事に気付く。
 まず、物語はラインハルトとエリーザベトの幼年時代からはじまるが、それぞれの父については全く触れられない。エリーザベトにはどう見ても父がいないようである。それゆえエリーザベトの母は生活が苦しいのか娘の連れ合いにお金持ちを望んでいる。詩の研究にうつつを抜かすラインハルトよりも小金持ちのエーリッヒに娘を嫁がせようとするのは当然である。
 後半、ラインハルトはエリーザベトの嫁いだエーリッヒの住むイムメン湖をたずねる。そこで再会した友エーリッヒはいきなり畑の作物を狙う鵠鶴(コウノトリ)を追い払う。これはエーリッヒとエリーザベトの間に(結婚後数年が経過しているにもかかわらず)子供がいない事を考えると象徴的である。
 さらにラインハルトが白い睡蓮の花を採ろうとして溺れそうになったり、乞食の少女に「ある名前を」呼びかける(その名前が何だったのかは明かされない)など、この短い作品にさまざまな謎が隠されていてとても興味深い。
 他の四篇の短編もどれも極めて短いが味わいのある作品ばかりである。特に最後に収められた幸福感漂う「遅咲きの薔薇」がいい。
.10 2005 ドイツ文学 comment2 trackback1

ジェダイアカデミー (本当に)任務完了

前々回および前回の記事の続きです。
めちゃネタバレです。
.06 2005 スター・ウォーズ comment3 trackback0

コードウェイナー・スミス ノーストリリア



 謎のSF作家、コードウェイナー・スミスはわずか4冊の作品だけを残した。そのうちこの「ノーストリリア」は唯一の長編。
 彼の作品はそのほとんどが『人類補完機構』が活躍する遠い未来の世界が舞台である。要するに同じ歴史上の世界で、最近よく言う言い方で「サーガ」と呼ばれるたぐいの作品群である。長編と短編で登場人物がダブっている事も多く、この「ノーストリリア」の登場人物も、他の短編にも登場しているパターンがあるようだ。

 物語は巨万の富を持ちながら住民たちに極めてストイックな生活を強いている惑星ノーストリリア。そこに住む地主の青年ロッドが地球を買い取って…という物語。
 今回読んでみての印象は、まずそのノスタルジックなような不条理なような、そして酷薄な世界観と造形が見事。ヒロインの猫娘ク・メルの活躍(彼女はこの作家の代表的キャラクター)から鑑みるに、作者は大のねこ党であったと考えられる。
 ク・メルは現代の萌系猫耳娘の元祖とも言われている。
 
 ハッピーエンドで大団円かと思いきや、あのラスト。
大金持ちのロッドは地球の下級民を救えても、自分の息子を救う事もままならないという皮肉。彼にとっては他所の星の地球を買って下級民の地位向上のために一役買うことはできても、彼は自分の世界、ノーストリリアの残酷な伝統には従うしかなかったのである。この終わり方はあまりにも悲しく、残酷で、強い印象を残す。しかしこの終わり方は正しいのだ。好きじゃないけど。

 非常に人気の高い作品で、私もこの作品はSF小説として、あるいは寓話として極めて高いレベルにあることを認めるのにやぶさかではないのだが、…ただ、描かれている未来の世界があまりにもディストピア過ぎないだろうかと思ってしまう。
 わたしはこの小説の中のノーストリリアにしろ地球にしろ、こんな世界で生きるのはごめんだ。まして千年生きるなんて…
.05 2005 SF comment5 trackback1

ヒュぺリオン

 宇宙ネタをもうひとつ。
 昨年末に土星軌道に到達した探査船カッシーニ。着陸船ホイヘンスから送られた衛星タイタンの地表の写真はTVなどでも話題になったので覚えていらっしゃる方も多いと思う。
 カッシーニはその後も土星圏を周回しつつ、土星の環や、タイタンをはじめとする衛星たちの興味深い写真やデータを送り続けている。タイタンにかなり大規模な液体の流れた後があったり、小さな衛星エンケラダスに大気があったり、ミマスという衛星はどう見てもSWに出てくるデス・スターだったり…
詳しくはジェット推進研究所のカッシーニのHPでどうぞ。(英語のHPです。念のため)
 さて、これは最新の、衛星ヒュぺリオンの写真。

↑クリックで拡大
 驚くべき解像度である。そしてこの星の不思議なこと!長径三百数十kmのこの丸くない衛星は、まるでスポンジか軽石のように見える。この写真の正面の表面は剥がれ落ちたかのようだ。他の衛星の多く(エンケラダスやミマス、テティスなど)が雪玉のように見えるのを考えても、この衛星はとても風変わりで、まるで違う由来があるのではないかと思ってしまう。
 いやはや宇宙って、いまさらながら不思議である。
.04 2005 宇宙 comment2 trackback0

第10惑星に衛星


 『太陽系の「第10惑星」を発見したと7月に発表した米カリフォルニア工科大の研究チームは2日、今度はこの惑星を回る衛星(月)を見つけたと発表した。直径は約250キロで、約2週間をかけて周回しているらしい。
 研究チームによると、9月10日にハワイのケック望遠鏡で見つけた。「第10惑星」の100分の1ほどの明るさで、惑星との距離は、地球と月との距離の5分の1~10分の1(4万~8万キロ)ほどではないかという。
 「第10惑星」の直径は約2700キロで、冥王星(直径約2300キロ)の1.2倍ほどだと推定されている。』(以上asahi.comより)よく見つけた!えらい! 写真はケック望遠鏡で撮影されたもので、右側のちっちゃいのが衛星。
 なお、米yahooの記事によると第10惑星は「Xena」、衛星は「Gabrielle」の愛称がつけられている。これはTVドラマのヒロインの女性戦士とその相棒の名前だそうだ。
 ただし、まだ第10惑星として正式には認められてないそうで、この名前も正式なものではないそうだ。惑星の名前がドラマのヒロインじゃあねぇ…それだったら「レイア」と「ハン・ソロ」とか「カーク」と「スポック」とか「バブルス」と「バターカップ」でもいいじゃん。
 おいらは最後のがいいな
.03 2005 宇宙 comment0 trackback0

ラウラ・パウジーニ Escucha


 ラウラ・パウジーニ Laura Pausiniはイタリアのポップス歌手で、ヨーロッパではかなり人気のある歌手である。私は2000年の「Tra te e il Mare」を聴いて以来のファンである。特にひねった所のないストレートなポップスだが、英米や日本のポップスにないシンプルさと地中海っぽいロマンティックさがよい。ラウラ本人もモデルさんのように容姿端麗。
 これは昨年発売の「Resta In Ascolto」のスペイン語バージョンの輸入盤。「Resta…」はすでにCDを持っていたのに、買ってしまった訳はこれにはオマケとしてDVDが追加されているからである。
 このDVDには「Escucha Atento」「Viveme」「Como Si No Nos Hubieramos Amado」の三曲のクリップと、「メイキング」と称したラウラがこのアルバムについて語る映像がリージョンフリーで収録されている。このメイキングはスペイン語で語られ、輸入盤なので字幕も(英語字幕すら)ない。したがって何を言ってるかはさっぱりわからない。でも、動くラウラが2002年のライブビデオ以来3年ぶりに拝めたのでまあいいか。

 それにしても、イタリア語で聞きなれたナンバーをスペイン語で聞くとまた違った味わいがある。世界一エモーショナルな言語と言われるスペイン語は、オペラの言語でありメリハリの強いイタリア語とは微妙にニュアンスが変わってくる。そういう違いを感じ取れた点でもなかなか面白い買い物だった。
.03 2005 世界のポップス comment0 trackback0
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