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立原えりか しあわせな森へ

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童話作家・立原えりかの作品は、学生時代に一冊だけ読んだ事がある。
本自体手元にないし、その本のタイトルすら覚えていないが、その中の「ぬいぐるみ」という作品が強烈に印象に残っている。
遊園地のキャラクター(だったと思う)のぬいぐるみの中に入るバイトをしている若者。しかし彼は愛する人をかばって傷害事件を犯し逃亡中の身なのだ。ぬいぐるみに顔を隠しながら愛する人のことを思うという作品だった。
現実の世界の不条理と悲しみを鋭く突いた物語を、不思議なパステルカラーを思わせる明るさで描いた、これは童話とはもはや呼べない作品であった。
角川・集英社から出ていたこの人の作品はいつのまにかどれも廃刊になっていて、もう一度読みたいと思いながら出会うことがなかった。

ところが先日、古本屋でこの本を見つけた。
これはどこにも「童話」とは書いてない。実際にどの作品も全くいわゆる童話ではない。
明るい話もあるのだが、やはり暗い話が心に残る。
例えば「ラブチェア」ではあす離婚しようとしている夫婦が、家の中のものを分配していく中で、若い頃二人で買って、それに座って愛を語り合ったラブチェアをどうするか悩みながら、いつのまにかなくしてしまった幸福のことを考える。
「さよならミルキーウェイ」では妖精の愛する青年は、人間の娘にプレゼントをもらう。人間の娘の愛のつまったビーズ玉の重さに耐えられず、妖精は愛する人を死なせてしまう。
「雪の夜の流れ星」…恋人が急に事故死して、実感のない喪失感に苛まれる若者の苦悩と、彼に訪れるある出来事を淡々と描いて行く。最後にその出来事が起こるが、感情の高まりはあるものの浄化も救いもない結末。
その他ファンタジーの衣をまとっているが、現実の悲しみや痛みの毒を塗りこんだトゲを隠し持っていて、それが胸を刺す全12作。特に青春の苦悩を経験した者には、読んだあともしばらく痛みが残るだろう。
むかし若者だった人にも、今若者の人にも、これから若者になる子供たちにも、ぜひ読んでほしい。
復刊希望!
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.30 2005 立原えりか comment0 trackback0

ディープ・ブルー

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Deep Blue
2004年 英・独
監督:アラステア・フォザーギル、アンディ・バイヤット

7年かけて200箇所の世界中の海で撮影された7000時間に及ぶフィルムの中から厳選された90分が一本の映画になった。
とにかくすごい。イルカ、鯨、鮫、クラゲ、シロクマにペンギン…90分ぽかんと口を開けて観ているしかないような、圧倒的な作品。すばらしい映像の連続である。

オットセイやコククジラを襲うシャチは恐ろしい。だがオットセイを狙って波打ち際に突進するのはシャチにとっても極めてリスクが高い。それでもそうしないといけないのは、食べられなければ明日はないという自然の摂理なのだ。
そうはいってもこの映画を観るとシャチがまるで殺人鬼のように思える。クジラの子供を追い詰めて餌食にしてしまうあたりはとても残酷で目をそむけたくなるほどである。
しかし、彼らの名誉のために言っておくが、オットセイやクジラを襲うのはトランジェント・オルカと呼ばれるグループだけで、北米大陸西海岸沿岸に定住するレジデント・オルカというグループはシャケしか食べないのだ。これについては ORCA LIVEなどをご覧になると平和主義のシャチについて知ることができると思う。
食べる以外の事を真剣にやってるのがイルカたちである。ジャンプ大会を繰りひろげる彼ら。中には4回転を決める者もいる。一体あの行動にはどんな意味があるのだろう。
これだけの映像を撮影するのは大変な困難があったろうし、場合によってはとても危険だったはずだ。スタッフには敬意を表したい。
ベルリン・フィルによる壮大な音楽、最小限の説明にとどめたナレーションもいいし、DVDにはナレーションオフのモードもあるのはとてもいい。一度観てしまえば、2回目以降はナレーションはいらないだろうから。

ただ、ふたつ気になったことがある。ひとつは深海のシーンで潜水艇が写ったのには興醒め。出来れば人工物は一切画面に出さないで欲しかった。
もうひとつは、シーンが短すぎる物があったこと。皇帝ペンギンのくだりは彼らの旅の始まったところで終わりで、ちょっと短すぎ。
続きはこの夏公開の 「皇帝ペンギン」で観よう。
.28 2005 映画(欧州・アジア) comment7 trackback4

ウエザー・リポート Tale Spinnin'

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私が初めて聴いたウエザー・リポートのアルバム。
思えば私がワールド・ミュージックという物に興味を抱くようになった…と言うかその遠因になったアルバムと言えるだろう。
ウエザー・リポートは、ジョー・ザヴィヌル(key)とウェイン・ショーター(ts,ss)を中心にしたグループで、70年代後半から80年代にかけて当時引退していたマイルスに変わってジャズ界をリードした。
世界中からの素材を取り入れてエレクトリック・サウンドとジャズの即興性で味付けした独自な音楽が特徴で、後にジャコ・パストリアス(bs)が加わって「Black Market」「Heavy Weather」の二大傑作を生み出した。
この「Tale Spinnin'」はジャコ加入直前の作品で、一般的な人気は前述の二作に比べてかなり低い。しかし、私はこのアルバムが大好きなのである。
1曲目(LPのA面)の「Man in the Green Shirt」で、一気に惹きこまれる。軽快で美しく、どことなくエキゾチックな音楽である。4曲目(LPのB面)「Badia」はなにやらマダガスカルあたりのイメージということらしく、当時最先端のヴォコーダーを駆使した神秘的な曲。ドライでクールなイメージの「freezing Fire」を経て優美で神秘的な「Five Short Stories」で終わる。完璧な構成である。
45分間の間に他の音楽とは全く違う世界を見せてくれる。今聴いてもエレクトリック楽器こそ古くなったがその国境をも一跨ぎに飛翔するかのような音楽の精神は全く古くない。
とにかくこの作品に、高校生だった私は打ちのめされた。音楽の多様さと言う物に目を開かせてくれた。
ザヴィヌルさんありがとう
.27 2005 ジャズ comment0 trackback0

ヤヌシュ・A・ザイデル クヴィン博士の治療法

さて南米シリーズが一段落したので、読みかけであった世界SF全集第33巻に戻ってみて、いきなり読んだのがこの作品。
白鳥座61番星(史上初めて惑星が存在するとされた恒星です。念のため)への宇宙探査から、地球の時間で数十年ぶりに帰って来た主人公クライスは、宇宙飛行士がよく罹患する神経症の検査のために「サナトリウム」に入る。そこには元宇宙飛行士の経歴を持つ患者が入院している。しかしクライスには別の使命があった…
ザイデルはポーランドの作家で、この作品もレムへのオマージュともある意味いえるようだ。
入院患者が身の上話を語るシーンがあって、この「身の上話」は、精神病患者の妄想が生んだ物、という設定ではあるのだが、この話のひとつが、レムのピルクスシリーズの「審問」にそっくり。しかもこの患者は「古典SF作家スタニスワフ・レム」の本を読んでいるのだ!
しかもオチが…映画「メン・イン・ブラック」を思い出した。ひょっとしてこの作品集の中でも一番の怪作かも?
.26 2005 SF comment0 trackback0

古本屋

会社の帰りに道路沿いにある古本屋に行ってみた。
ここは以前から存在には気付いていたが入ったのは今回が初めて。
こういう店はうちから歩いて5分くらいの所にもあり、そこがいまいち(漫画ばっかし)なのでここも似たり寄ったりなのだろうと思っていた。
確かに漫画が多いんだけど、文庫本や単行本もしっかり置いてある。
探していた「百年の孤独」は見つからなかったけど、これは多分貴重な「マーロウ もうひとつの事件」や、立原えりかの作品集などを発見。また読む物がふえちゃった。
.25 2005 本についての雑記 comment6 trackback0

アレッホ・カルペンティエール バロック協奏曲

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ガルシア・マルケス「族長の秋」に引き続き、手近にあったので読んでみた南米シリーズ第2弾。カルペンティエールはフランス系キューバ人。
キューバといえばサルサ。わが家はそろってチャランガ・アバネーラのファンなのだが今年はハウステンボスにこないのでがっかりしている。
それはさておき、この小説、文庫でわずか100ページの短編である。前半はまったりと進み、なんだかピンとこないのだが、中盤になってヴィヴァルディとスカルラッティ、それにヘンデルが登場すると俄然面白くなる。しかもこの三人がストラヴィンスキーの墓を見つけたり、サッチモの音楽について意見を言うあたりはなんのこっちゃという感じである。
この作品中で触れられるヴィヴァルディのオペラ「モンテスマ」は実在していたようだが、現在は失われており、聴くことはできないそうだ。
併録の「選らばれた人々」の方は、20ページ位の掌編。インディアンの長老アマリワクが神のお告げに従って巨大な船を作ると大雨が降って…。種族の数だけ神があり、神が複数居る所に平和はないのだ、という物語。こっちの方が強い寓意が感じられて面白かった。
.23 2005 中・南米文学 comment0 trackback0

リターン・トゥ・フォーエヴァー ライト・アズ・ア・フェザー

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最近は、70~80年代のジャズっていうか当時はクロスオーバー・ミュージックと呼ばれていた(後にフュージョン・ミュージックと呼ばれるようになって陳腐化した)音楽を聴きたくなって、引っ張り出したのがこれ。
リターン・トゥ・フォーエヴァーはピアニスト、チック・コリアのグループで、これは1972年のアルバム。前作「リターン・トゥ・フォーエヴァー」も超傑作だったが、前作から引き続きの、浮遊感漂うサウンドがとても心地よいアルバム。うまいのか下手なのかよくわからないフローラ・プリムの歌もこの作品にならマッチしているといえるだろう。
チック・コリアが後に繰り返し演奏する事になる「スペイン」や「チルドレンズ・ソング」の原型が聴ける点でも貴重。
.23 2005 ジャズ comment0 trackback0

ガルシア・マルケス 族長の秋

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1982年にノーベル文学賞を取ったコロンビアの作家ガルシア・マルケスの、「百年の孤独」と並ぶ代表作である。物語はカリブ海に面したとある南米の国の独裁者である大統領の半生をつづって行く。この大統領はろくに学校にも通っていない。大統領の母親が「この子が大統領になるんだったら読み書きを教えておくんだった」と述懐するくらい学のない男で、その睾丸は生まれつき腫れ上がっていてたくさんの女に子供を生ませたがどれも月足らずで生まれてきた。要するに彼は性的に不能とまでは行かないが、その能力に疑問を持たれても仕方がないと言えるだろうし、それよりも何よりも、母親以外の女を愛することができなかったのである。この男はしかし、この架空の国で絶大な権力を手にし、自分に対してわずかでも謀反を企てるようなそぶりを見せた相手に対しては極めて残酷な仕打ちで報いるのであった。中には昼食の料理にされてしまった者まであったほどである。その本って面白いの?とRINRINが訊くので独裁者の話で、全体で六つの章に分かれているんだけどその章の間は全く改行しないのさ。へえ、それってすごく読みにくそう、と私は思ったの。おまけにこんな風に急に語り手が交替するからなんだか訳わかんないんだってお父さんが言ってたよ。とか言いながらもとても興味深い小説で、愛がないと人間はここまでつまらない、または恐ろしい物になってしまうのかという、でも愛があっても大して変わらないのかもしれないと言う底知れないおそろしさも併せ持つ南米文学恐るべしと言う所か。「百年の孤独」もぜひ読んでみたくなったなあ、と言いながらカルペンティエールの「バロック協奏曲」が手近にあるので読んでみることにした。文体まねしてレヴュー書くのは疲れるのでもうやめよう。
.19 2005 中・南米文学 comment10 trackback0

スタニスワフ・レム 高い城/文学エッセイ


これはしばらく前に読んだ本。全くSFではないので、この際レムのカテゴリを作る事にした。
この本の前半には自伝的小説、というよりも少年時代の回想録といった方が近いだろう「高い城」が収められている。レムという20世紀が生んだ偉大なる変人が、やはりフツーではなかった少年時代を回想した作品。ここにはレムの少年時代にかかわりのあった友人などのたくさんの名前が出てくる。その中にはレムも一目置くほどのすぐれた人物もいたのだが、その大半が先の大戦でナチスに殺害されているという事実に愕然とする。そのことをレムはとてもクールに記述しながら何を思ったのだろうか。ここでは大戦そのものについては触れられないが、大戦こそがレムをペシミストにしたのに違いない。
後半は様々な文学作品にレム独自の視点で切り込む評論集。ストルガツキーの「ストーカー」やウエルズの「宇宙戦争」からナボコフの「ロリータ」まで幅広い。「宇宙戦争」についてレムは絶賛しながらも火星人の文化が描かれていないことが気に入らない。第二次大戦でのポーランド人に対するナチスは「宇宙戦争」の火星人と大差なかったはずだが、それでもナチスにも文化はあったと言いたいのだろうか。「ストーカー」については「来訪」がなぜ起こったか、レムらしく仮説を立てて検証する。この評論を読んでいるとわれわれはあまりにも字面通りに読書して満足してしまっているのではないか、もっと読み取れる事があるかもしれないし、もっと視点を変えてみると違う見え方が現われるのではないか、などと思ってしまう。
他にもとても興味深い評論集になっている。「完全な真空」を読み返したくなる作品。
.17 2005 スタニスワフ・レム comment2 trackback1

イワン・エフレーモフ アンドロメダ星雲

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宇宙船タントラ号は70年前に通信を絶った惑星ジルダに到着、そこでジルダが絶滅の悲劇に見舞われたことを知る。そして、その帰路タントラ号は大いなる危機に見舞われる…と、あらすじをこう書くといかにもスタートレックみたいな宇宙探検の物語のようだが、作者の意図はそんなところにはない。
タントラ号と隊長エルグ・ノールの冒険ははじめ一章おきに語られ、しかもこの作品の半分くらいで終わってしまうのだ。
その他の章で語られるのは地球に住むかつてエルグ・ノールの恋人であったヴェーダとダル・ヴェーテルのカップルと、その友人たちの物語である。
彼らが住んでいるのは30世紀、戦争も人種差別も、天災さえも共産主義の徹底敷衍により克服された時代である。人間たちは一般的に悪いと思われる性格さえ克服されている。したがってこの世界には犯罪者や粗暴な者はおろか怠け者すらいない。皮肉屋はいるようだが。
まさしく共産主義の理想の行きつくユートピアである。…だが私はこんな世界はごめんだ。第一に面白くない。
人間の性格・体格すら集団教育によりコントロールされているので、登場人物は画一的。みんなハンサム・美女。いい男やいい女は相対的な物なのだから、逆に言うとこの時代にはいい男もいい女もいないというわけだ。
完全に明らかにはならないが社会の構造もなかなかヘン。
宇宙船を深宇宙に飛ばすための燃料を作るために全市民に1年間旅行等の浪費を禁止するとか、実験に失敗して宇宙ステーションをふっとばし、4人を死なせた男は「人類の進歩のために有益な実験」を行った上での事故、という理由で訴追すらされないとか…
ここではこの共産主義の世界を理想世界と規定しているが、これは極めて脆い世界である。悪意を持った実力者が一人現われたら、人類の進歩の美名のもとにあっという間に独裁国家が誕生するだろう。そこが共産主義の弱点なのである。21世紀に住む私たちにとってはそれは歴史によって証明済みだが…。
図らずもそれを50年前に露呈していた作品である。

SF考証などはデータがちょっと古い点に目をつぶれば非常に正確で、さすが本職が科学者の作者だけのことはある。
はっきり言って、「タントラ号の驚異にみちた宇宙探査の物語」(ソビエト版スタートレック)にしたほうがずっと楽しい作品になったと思う。あ、スタートレックよりも先だ。
.14 2005 SF comment4 trackback0

イル・ポスティーノ

postino.jpeg

Il Postino
1995 伊
監督:マイケル・ラドフォード
マッシモ・トロイージ
フィリップ・ノワレ

イタリアの小島にチリの詩人パブロ・ネルーダが亡命してきた。
世界中から詩人へ送られてくる手紙の配達人を引き受けた島の若者マリオは、ネルーダと接するうちに言葉の美しさを知るようになる。

素朴なイタリアの島の生活がよく描かれていて、貧しいけど豊かなその暮らしぶりにノスタルジーを覚える。映画全体もまるで時間がゆっくり流れているかのようである。
マッシモ・トロイージがその素朴な島で生活する素朴な青年が、徐々に知的になっていく様をを好演している。
最後の方ではイデオロギー論が出てきて、それで鼻白む人もいるようだが、1950年代の知的な人たちにとってイデオロギーは絶対に語らずには居られない重要事であったことを理解しておかないと、映画の本質を見失う。
この監督はネルーダやマリオが賛同する共産主義について肯定とも否定とも表明せずただ出来事を客観的に描いて成功している。

「詩」が重要な位置を占める作品で、世界一詩を読まないとされる日本人にはなじめない一面もあると思う。
翻訳すると大幅に味わいが変わってしまう「詩」だけに、原語(イタリア語)が理解できたらもっと素敵だと思うのだけど、DVDにはイタリア語字幕がないのがとても残念。
.13 2005 映画(欧州・アジア) comment0 trackback0

パコ・デ・ルシア カストロ・マリン

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パコ・デ・ルシアはスペインの天才ギタリスト。演奏を聴けばすぐわかるとおり、フラメンコ出身だ。
ギター一本だけで、基本的にはフラメンコの形を踏まえながら強烈なファンタジーを生み出し、美しく豊穣かつ雄弁な演奏をする一度聴いたら忘れられないギタリストである。
アル・ディメオラ、ジョン・マクラフリンとの「スーパー・ギター・トリオ」は有名であるが、このトリオ演奏も、もともとアルがパコとの共演を熱望したのが始まりという事もあってか、基本的にはパコのスタイルである。
この「カストロ・マリン」は1980年の日本録音。ラリー・コリエルとのデュオ、さらにマクラフリンを加えたトリオ演奏を含む7曲、35分。
演奏は非常に技巧的。素晴らしい。
このアルバムに文句をつけるとしたら、短すぎる。ただそれだけが残念である。
.13 2005 世界のポップス comment0 trackback0

イワン・エフレーモフ 星の船

「世界SF全集」第22巻に「アンドロメダ星雲」と併録された中篇。
中国で発見された恐竜の化石に、銃創と思われる傷が見つかった。ダヴィドフとシャトロフは恐竜時代に地球を訪れた異星人がいたのではないかと言う仮説を立てるが…

これは…SF小説の体裁を取ったプロパガンダ小説…?
ラストの数行の文章が、それまでの非常に科学的で知的な雰囲気を見事にぶち壊してしまった感がある。
エフレーモフは共産主義者だが、社会主義者ではない。そのへんは「アンドロメダ星雲」の方で明らかになるようなのでそちらのレヴューで後日述べるが、エフレーモフにとってソビエトの社会主義は理想の国家への道の途上にすぎず、理想の共産主義国家からすれば社会主義も資本主義も五十歩百歩と思っている節がある。
そこでこの小説の最後の10行ほど、「不平等と抑圧と人種的偏見を根絶し…」という演説調が発生するのである。
まだまだ読んでみないと謎だらけの共産主義者・エフレーモフ。
次は「アンドロメダ星雲」。かなりの分量だ。


.10 2005 SF comment2 trackback0

安彦良和 機動戦士ガンダムThe Origin 第9巻

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ファーストガンダムが放送された79年、私は高校生だった。今でも第1回を観た時の衝撃を覚えている。
何しろそれまでSFアニメというと「ヤマト」みたいな今観ると右翼的思想丸出しの愚にもつかないようなものばかりだったのだから、戦争の恐ろしさをちゃんと描写しようとしたというだけでも特筆すべきアニメだったと言える。
その「ガンダム」のキャラクターデザインをしたのが安彦良和氏。ファーストガンダムの完全漫画化として数年前からこの「The Origin」を手がけられている。
今回発売になった第9巻では、アムロとホワイトベースの旅からはずれて、アニメにはTVにも映画にもなかった、シャアとセイラの幼い日に起こったジオン・ズム・ダイクン暗殺事件の顛末を描いている。
若き日のランバ・ラルとハモンが大活躍、暗殺されたダイクン議長の愛児キャスバル(後のシャア)とアルティシア(後のセイラ)をザビ家の魔の手から守ろうとするが…
全くのオリジナルのストーリーなので、「Origin」の読者でないと理解できない設定(10年位前の話なのにガンタンクがいるとか)もあるが、ガンダムファンならチェックしておかなければならないアイテムだ。
安彦ガンダムではキシリアがアニメ以上に複雑なキャラになっている。根は善良なキシリアだが、ザビ家に生まれたばかりに冷酷非道の仮面をかぶることになる、その軌跡をも描き出すのだろうか。そして幼いキャスバルとアルティシアの運命は…次巻に期待。
.08 2005 コミック comment0 trackback0

ヴォイスクンスキー/ルコジヤノフ 不可能の方程式

世界SF全集第33巻に収録された短編。ヴォイスクンスキーとルコジヤノフはソビエトの作家チーム。
ある惑星に不時着したユーリー・ガガーリン号の乗組員レズニツキーとノビコフは周囲の調査に出て、謎の重力罠に捕らえられ、そこで退化した異星人と、それを管理するマシンに出会う…

どことなくレムの「エデン」と「砂漠の惑星」の両方を思わせる作品である。不時着した惑星でコミュニケーションできない異星人に出会うと言うのは「エデン」に似ているし、機械がイニシアチブを取る世界という発想は「砂漠の惑星」ぽい気がする。
登場人物たちがこの惑星がなぜこうなったかについての仮説を述べるあたりもとてもレムっぽいぞ。
結局主人公たちは脱出するためにマシンを混乱させるプログラムを考え出して、最後にはマシンを止めてしまう。未知の文明のコンピュータを動かすプログラム簡単につくれすぎ、とは思うがなかなか面白く読んだ短編であった。
この世界SF全集第33巻、ソビエト、東欧のSF短編集なのだが、なかなかの傑作ぞろいである。今後もぼつぼつ紹介しようと思う
.05 2005 SF comment2 trackback1

僕の彼女を紹介します

bokukano.jpg

2004年 韓国
監督:クァク・ジェヨン
チョン・ジヒョン
チャン・ヒョク

昨年末公開されたときに観に行こうと思いながら入院したりとかなんかで行きそびれた映画。今回DVDで観た。
クァク・ジェヨン監督というとこの作品と同じチョン・ジヒョン主演の「猟奇的な彼女」でブレイク、これもとても面白い映画だったが、
なんと言っても前作、「ラブストーリー」が素晴らしい作品だったので今回も期待して観た。
小さなエピソードを積み重ねてコメディタッチで展開する手法はこれまで通り。
そこに印象的な映像(手錠でつながれたまま顔を洗うシーンとか、雨の中で戯れるスローモーションのシーンとか)をちりばめていく。この辺の作りはとても巧みで、日本映画がどうしても真似できない部分である。日本人がやるといかにも嘘臭くなるのに、韓国人がやるとおしゃれに見えるのはなぜだろうか?
チョン・ジヒョンは「猟奇的」の時からすると少し太ったような印象を受けた。
後半急に重くなるのもこの監督の定石通り。
…ところがその後半がいただけない。昔「ゴースト」と言うしょーもない映画があったが、それを思い出すくらいいただけない。あそこまでひどくはないけどね。
結果、暗転の仕方も歴史に沿って進行して自然で、観てて危うく泣きそうになった前作「ラブストーリー」の足元にも及ばない。

うちのかみさんのまゆまゆが言うには主演男優チャン・ヒョクがテツ&トモのテツそっくりだそうな。言われてみれば、似ている。
.03 2005 映画(欧州・アジア) comment0 trackback1

浦沢直樹 プルートウ02

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コミックスである。
やっと発売された第2巻は、近所の書店あらかた売り切れ。
結局1500円もする豪華版を買う羽目になってしまった。
でも雑誌サイズでとても読みやすい。第1巻もこの大判で欲しくなってしまった。
知らない人のために解説しておくと、この作品は手塚治虫の「鉄腕アトム」のなかの「地上最大のロボット」を下敷きに浦沢直樹が再構成した作品である。
さて、第1巻はアトムが登場したところで終わっていたが、第2巻ではそのアトムが大活躍。
ブランドとプルートウの対決シーンは相変わらず何も見せてくれない。見せてくれない分コミックとしては例外的なイマジネーティヴな所がこの作品の凄さである。
プルートウが狙うのは7人のロボットなのだが最後の一人(手塚作品のイプシロン)がまだ登場しない。手塚作品ではとても印象的なキャラだったが、どんなキャラとして登場するのだろうか?
今度の巻はウランの登場まで。早く次読みたい。
.02 2005 コミック comment2 trackback1
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