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無題

先週末、身内に不幸があったのでここ数日ばたばたしていた。
「神様はつらい」もなかなか読み進めず、映画も観てないし音楽も聴いてないので、書くネタがない。
…いや、ひとつすごく胸を打つ音楽を聴いた。
 亡くなったのは長いこと病気で外出もままならなかった妻の父で、
RINRIN(長女)やMINMIN(次女)のピアノの発表会にも行く事がなかったので、最後に聴かせてあげよう、という話になり、葬儀の時にRINRINにピアノを献奏させた。
 発表会のために練習していたショパンのイ短調のワルツだった。
 悲しげで優雅な美しい曲である。
 発表会でははらはらしながら聴くだけなのに、自分の娘の演奏がこんなに胸を打つとは思いもよらなかった。
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.31 2005 日記など comment0 trackback0

ストルガツキー そろそろ登れカタツムリ

snail.jpg

「森」と呼ばれる謎の異常地帯があった。
その外にある「森」を管理する施設に勤務するペーレツ。
事故が原因で「森」の中に住むことになったカンジート。
 この作品はこの二人の主人公のエピソードを平行して描いて行く。
ペーレツ編はソビエトの官僚主義を批判した内容で、同じ作者の「トロイカ物語」を連想させる。ペーレツは「森」になど興味はなく、一刻も早くここを出たいと思っているのだが、上司たちはペーレツの申請をたらいまわしにし、約束を破り、果てはペーレツを管理局の局長に祭り上げてしまう。
一方、カンジートは数年前に遭難して以来森の中に住んでいる。森から出たい(?)一心で妻のナーワとともに森の中を冒険するが、そこで様々な異形の物に出会うという内容で、ややSFっぽい。
「ペーレツ編」と「カンジート編」はもともとは全く別々に発表されたらしく、ペーレツ編が当局の検閲に引っかかって発禁になったために作品の全貌はペレストロイカ後まで知られることがなかったといういわくつきの作品である。
 特にはじめの方で、この作品の前提(「森」がなんなのか、など)を全く説明しないので、読者は訳がわからずに読み進めないといけないのはちょっとつらい。が、読み進めるうちに謎が謎を呼んで惹きこまれる。
しかし、それが全く解決されない幕切れに、ソビエトの官僚主義への絶望を見る…のが正しいのかどうか…
 次回は「神様はつらい」の予定
.25 2005 ストルガツキー comment0 trackback0

ストルガツキ-作品リスト

 最近続けざまに紹介しているストルガツキー兄弟について、簡単にまとめておく。
兄:アルカージイ・ナターノヴィチ・ストルガツキイ(1925―1991)
Аркадий Стругацкий
弟:ボリス・ナターノヴィチ・ストルガツキイ(1933―)
Ворис Стругацкий
ちなみにロシア人の名前は名前・父姓・母姓の順になる。この兄弟の父親はナターノヴィチさん、母親はストルガツカヤさんだった事になる。アルカージイは日本語学者でもあり、日本の小説の露訳もしていたそうだ。

 これまでに日本で紹介された作品リスト(邦訳の発売順)
1 ラドガ壊滅            彦坂諦訳 大光社 (廃刊・古書でも入手困難)
2 神様はつらい          太田多耕訳『世界SF全集24』早川書房 (廃刊)
3 ストーカー            深見弾訳 早川書房
4 収容所惑星           深見弾訳 早川書房 (版切れ)
5 蟻塚の中のかぶと虫      深見弾訳 早川書房 (版切れ)
6 波が風を消す          深見弾訳 早川書房 (版切れ)
7 世界終末十億年前       深見弾訳 群像社
8 月曜日は土曜日に始まる   深見弾訳 群像社
9 願望機・スプーン五杯の霊薬 深見弾訳 群像社
10 みにくい白鳥          中沢敦夫訳 群像社
11 トロイカ物語          深見弾訳 群像社
12 そろそろ登れカタツムリ    深見弾訳 群像社
13 モスクワ妄想倶楽部     中沢敦夫訳 群像社
14 地獄から来た青年      深見弾訳 群像社
15 滅びの都            佐藤祥子訳 群像社
.25 2005 ストルガツキー comment7 trackback1

モーツァルト 激安CD

mozart2.jpg

 最近、クラシックのCDってめちゃくちゃに安いものが多い。先日はモーツァルトの交響曲全集(10枚組)が約1700円と言うのを買ったが、これは演奏者が全く知らない人だったし、曲によっては首をかしげるような演奏が混じっていたりした。
 今度のピアノ協奏曲全集は10枚組3000円。アンネローゼ・シュミットとクルト・マズアという(ちょっと古いが)一流の演奏者で、演奏内容は非常にスタンダードなもの。
二重、三重協奏曲こそ収録されていないが、モーツァルトの最高の作品群であるピアノ協奏曲をたっぷり楽しめる。これが3000円というのは本当に安い。
 しかしこれではフツーの価格のCDって誰も買わないのでは…というかフツーの価格のCDが高すぎるのか?
.23 2005 クラシック音楽 comment0 trackback0

ストルガツキー 蟻塚の中のかぶと虫

ariduka.gif

 「蟻塚の中のかぶと虫」はマクシム・カンメラー三部作の第2作。(他の2作は「収容所惑星」「波が風を消す」)三部作とはいっても、主人公が同じだけでストーリーは独立してるので続けて読まないとダメとかそういうことはない。
 マクシムは、上司のシコルスキーに命令され、行方不明になった元同僚のレフ・アバルキンを捜すことになる。アバルキンを捜すうちマクシムは、アバルキンの驚くべき出生の秘密を知ることになる。
 SFミステリってろくな作品がないのだが、この作品は例外である。アバルキンはわりとすぐ見つかるが、そこから先が息もつかせない展開。短い報告書のようなスタイルで書かれていて、ストルガツキー作品の中では最高に読みやすい作品でもある。
 途中に挿入されたレフとビッグヘッド・シチェクンの共同作業のレポート「”死せる世界”作戦」はその部分だけでも極めて緊張感の高い短編になっている。このシチェクンというキャラクターがまた、いい。何者かよくわからない犬タイプの異星人で、コミュニケートできてるんだか、できてないんだか。
 マクシムの上司、シコルスキーもいい。こっちもコミュニケートできてるのかよくわからん。上司にはしたくない。
 これと「路傍のピクニック」はストルガツキーの諸作の中でもかなりまともなSFと言えるだろう。ほとんど状況を説明しない「そろそろ登れカタツムリ」なんかに比べたら信じられないくらい読みやすい。
 で、次は「そろそろ登れカタツムリ」の予定。
.22 2005 ストルガツキー comment4 trackback1

ストルガツキー 路傍のピクニック(ストーカー)

storker.jpg

 アルカジイ&ボリス・ストルガツキー(兄弟)はソビエト/ロシアのSF作家。
 この「路傍のピクニック」(邦題:ストーカー)はタルコフスキーが映画化したことでも有名なこの作者の代表作である。
 ハーモントはのどかな町だったがある日高度な文明をもつ地球外生命によると思われる「来訪」が起こり、町の一部は「ゾーン」と化した。「ゾーン」には「来訪者」が残した「ブツ」が転がっている。これらのブツには極めて危険なもの(「魔女のジェリー」「蚊の禿」など)有益なもの(「適量」「ブレスレット」など)意味不明なもの(「空缶」など)があり、政府が「ゾーン」を立ち入り禁止にして管理していたが、中には監視の目をかいくぐって「ゾーン」に侵入しブツを持ち出し闇ルートに売る者がいた。彼らの事を人は「ストーカー」と呼んだ…

 ここでの(邦題でもあり、タルコフスキーの映画タイトルでもある)「ストーカー」と言う言葉は「密猟者」くらいのニュアンスで使われている。現在この言葉は意味が違ってきたので、そろそろこの邦題は時代遅れかも。原題の「路傍のピクニック」は「来訪者」が「地球」でやったことと「ストーカー」が「ゾーン」でやったことの二重の意味を持つ、なかなか示唆に富んだ題名なのでこちらに戻した方がいいと思う。

 ある意味ファースト・コンタクト物なのだが、「来訪者」はほとんど人類に興味は無い。ただやってきて、痕跡を残しただけである。作者はそういうSF的な事柄よりも、そういう状況下での人間の強さ、したたかさ、あるいは弱さを描いていて秀逸な作品である。主人公レッド・シュハルトはまるで戦後の混乱期の日本みたいなハーモントの街で、妻子を抱え、ストーカーとして裏社会を生きざるを得ない。アメリカのSFにこういう切り口はほとんど存在しないので、アメリカSFに馴れた人にはこの作品はとても新鮮なはずである。
 「ソラリス」のレムがこの作品の書評を書いている。(国書刊行会「高い城/文学エッセイ」収録)レムとストルガツキーのSFに対するスタンスの違いが浮き彫りになるエッセイなので一読の価値あり。

 タルコフスキーの映画はこの小説とは大きく違う。小説が気に入った人は見なくてもいいと思う。(と言うか怒りを覚えるかも)もし観るのなら、この小説の設定を借りた別な物語として観る事。
 この映画のために書かれ、ボツになったシナリオ「願望機」も群像社から出ている。あわせて読むのも一興であろう。

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.20 2005 ストルガツキー comment8 trackback1

チャランガ・アバネーラ/マリナ・キエレ・バイラール

marinaquierebailarbig.jpeg

HMVのHPを見ていて、チャランガのニューアルバムでてるじゃん、と思って買ったらベストアルバムだった…
 チャランガ・アバネーラはキューバのサルサ/ティンバのグループ。4人の男性ボーカルとホーンセクションを持つキューバ最高のユニットだ。昨年、一昨年とハウステンボスでライブ演奏していたのを何回か聴きに行って我が家全員がすっかりその魅力にまいってしまった。
 現在のメンバーではまだ一枚しか出していないので、このベストアルバムの収録曲のほとんどは今のメンバーではない、と言う事になる。
 それでもやはりチャランガはチャランガ、あの独特なサウンドは実は10年前からそれほど変わってないのであった。
 このベストアルバムはいきなりBuena Bista Social Clubも演奏していた「chan chan」ではじまる。歌詞の中で「コンパイ・セクンド」の名を呼んだような気がする。その他昨年、一昨年のライブでも取り上げていた曲「チャランガ・マイヨール」「ポプリ」なども含め13曲75分の熱風。
 ニューアルバムも近日発売、らしい。
今年も来てくれるのだろうか。ああ夏が待ち遠しい。
.13 2005 世界のポップス comment4 trackback0

スター・ウォーズ旧三部作

sw.jpeg

 先日TUTAYAに行くと、昨年秋に発売されて話題になったスター・ウォーズ旧三部作のDVDが3割引になっていたのでつい買ってしまった。
 私はこの映画がとても好きなわけではない。どちらかと言うとくだらないと思っているし、新三部作などははっきり言って作らなかった方がよかったのではないかとも思っているのだが、その細部の作りこみの細かさは後のSF・ファンタジー映画に多大な影響を与えているのは間違いないであろう。 ストーリーも単純ではあるが三作を通じてまとまりがある。新三部作ではこれと比べるとストーリーが複雑になリすぎているような気がするのは私だけだろうか?
…とか何とかいいながら結構楽しみにしてたりする。エピソードⅢ。

 さて久しぶりにこの3作を見て、またも数々の疑問点が浮かんだ。
 なぜルークはスカイウォーカーを名乗っていたのか?
まともな判断のできる人がルークのおじさんだったら、絶対にスカイウォーカーを名乗らせないと思うのだが。
 なぜダース・ベイダーは息子は離れていても感じたのに娘は直接対面してもわからなかったのか?
 なんでパルパティーンはあんなに老けたのか?
…などなど
 うわさどおり最後のアナキンが若返っていた。ここはちょっと違和感あり。
 それにしてもDVDはめちゃめちゃキレイ。ひょっとしたら劇場で見るより色はキレイかも。
.12 2005 スター・ウォーズ comment0 trackback0

スタニスワフ・レム ソラリス

solaris2.jpeg
すみれ色のもやに覆われた惑星ソラリスの海。この海はひとつの生命体で、巨大な脳である。数世紀にわたり人類はこの「海」を調査してきたが、わかったことは人類には「海」が理解できないということだけであった。
 もはやさびれてしまったソラリス観測ステーションに心理学者クリス・ケルヴィンが赴任するが、以前からここに住んでいるギバリャンは自殺し、サルトリウスとスナウトは様子が変だ。それぞれの身に何か異常な事態が起こっているようだ。
 そしてクリスの元にもそれはやってきた。

 大学生の時…もう二十年以上も前、スタニスワフ・レム作・飯田規和訳の「ソラリスの陽のもとに」を読んで、私の最も愛する小説の一つになった。
 初めて読んだ時、下宿の部屋で一人深夜に読んでいて、ヒロイン・ハリーの2度目の出現のシーンでぞっとしてなんだか後ろが気になったのを覚えている。
 タルコフスキーによる映画も大好きであるがやはりこの小説の素晴らしさは映画を遥かに超えている。
 二十数年の間に文庫本のカバーはボロボロ、中のページも茶色に変色してきて印刷もうすれてきた。やはり本はハードカヴァーで持っていたいものだが、もうこの作品をハードカヴァーで手に入れるのは無理なのだろうとあきらめかけていた。

 ところが新訳(沼野充義訳)のハードカヴァーが国書刊行会から出ているのを今年になって知って、ついにこの作品のハードカヴァーを手に入れる事が出来た。 新訳・沼野版は飯田版が底本としたロシア語版で削除されていた部分が復活して完訳となった点が従来と大きな違いである。この部分は主に宗教がらみの記述が多くて当時のソ連政府の検閲にあったらしい。
 沼野版はクールな訳で、レムの知的な作風にマッチしている。飯田版が割と情緒的な訳であった(ゆえにこの作品をラブストーリーと思った読者も多かったのだろうか)事に気づかされたが、気になったのは脇役のスナウト博士が一人称を「おれ」その複数形を「おれたち」と言うのはちょっと…飯田版の「ぼく」「われわれ」の方が人のいいインテリのスナウトらしいと思うのだが…

 さらに、飯田訳のハリーがクリスに本当の事を話してくれと頼むシーンでのセリフ「指切りする?」がこの沼野訳では「聖なる物にかけて?」に変わっている。これは前述のロシア語版の検閲のせいなのか、単なる訳者の違いからきたのかよくわからないが、飯田役は情緒的すぎ、沼野訳は固すぎだと思う。私ならフツーに「誓って?」とするけどなぁ。

 よく言われるように、レムの意図は「無敵(邦題:砂漠の惑星)」同様、宇宙における未知なる物との出会いと、それによって起きる人間の、心理的な反応を描くことだったらしい。
 そこにハリーと言う女性を登場させたことでこの作品は作者の意図を超え、SFという垣根をうちやぶってラブロマンスとして、スリラーとして、さらに純文学としてもかなり高いレベルの作品になっていると思う。

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.11 2005 スタニスワフ・レム comment6 trackback4
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