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シェイクスピア ハムレットQ1


 光文社古典新訳文庫の新刊は、なんと「ハムレットQ1」。シェイクスピアが好きな読者なら絶対にはずせない一冊だ。というわけで早速購入して読んでみた。

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.18 2010 シェイクスピア comment0 trackback0

ウイリアム・シェイクスピア リア王


 今年一年間の目標として掲げたシェイクスピア。15冊(17作)を読んできた。その掉尾を飾るのは、シェイクスピア悲劇の最高傑作と断じていいだろう、「リア王」である。
.14 2006 シェイクスピア comment0 trackback0

ウイリアム・シェイクスピア 冬物語


 「冬物語」も「シンベリン」と同様シェイクスピア晩年の作品で、「浪漫劇」第3作に当たる。この作品はシェイクスピアの作品としては極めて例外的な構成を持っている。
.10 2006 シェイクスピア comment0 trackback2

ウイリアム・シェイクスピア シンベリン


 「シンベリン」はシェイクスピアの後期の作品で、「テンペスト(あらし)」に代表されるいわゆる「浪漫劇」4作のうちの第2作に当たる。

 シェイクスピア作品としては他のものほど有名ではない作品なのでストーリーを紹介しようと思ったのだが、そこはシェイクスピアの作品、ご多分に漏れずきわめて錯綜したストーリーなので簡単にまとめるのは難しい。タイトルロールのシンベリンはブリテン王だが出番は少なく、主役はシンベリンの娘イモージェンだと言っていいだろう。イモージェンには夫ポステュマスがいるが、シンベリンに無断で結婚したためポステュマスは追放されローマへ。そのポステュマスはローマで知り合ったヤーキモーとイモージェンを誘惑できるかどうかで賭けをする。ヤーキモーが奸計で盗み出したイモージェンの腕輪を見てポステュマスはイモージェンの裏切りを信じてしまう。嫉妬に狂ったポステュマスはイギリスにいる自分の召使にイモージェンを殺害させようとするが、召使の機転でイモージェンは男装して森に逃れる。ここでイモージェンとであったのが幼少の折行方不明になったシンベリンの二人の息子(イモージェンの兄)。
 これにシンベリンのイモージェンに横恋慕していて何が何でも手に入れたい後妻の息子クロートンなどが加わり物語はシェイクスピアらしく錯綜しながら進んで行く。

 で、わかりにくいかと言うと全然そんなことはない。400年前の物語でハラハラドキドキさせられる、そこがこの文豪のすごいところだと思う。特にこの作品は裏切られたと誤解するカップル、男装する女性、毒を盛る悪女、行方不明の王子、そして戦乱とシェイクスピア劇の重要キーワードをほとんど網羅していて盛りだくさん。そういう意味でもシェイクスピアらしい作品である。あまり知られていなのは残念。音楽作品や映画も目立ったものは見当たらない。

 ところで…シェイクスピアって女性の登場人物が身分を偽るために男装するパターンがすごく多い。当時本当にそんなことがよくあったのだろうか?
 多分女性がなにかの理由で森などに逃げ込まないといけないとしたら、女性の格好のままではいられなかったと言うのはわかるけど。当時の喜劇のお約束の一つだったのだろうか?
.13 2006 シェイクスピア comment0 trackback0

ウイリアム・シェイクスピア アントニーとクレオパトラ


 ローマの将軍マーク・アントニーはエジプトの女王クレオパトラの色香の虜となっている。前妻が起こした事件のため気まずくなったローマの執政官シーザーとの仲を修復しようと、アントニーはシーザーの姉オクテイヴィアとの結婚に踏み切るが、やがてシーザーは他の執政官たちを倒して覇権を手に入れようとする。これに反発したアントニーとシーザーは対決する。エジプト軍の敵前逃亡で破れたアントニーはクレオパトラが信じられなくなる。

 とにかく複雑な劇で登場人物も多い。集中して読まないと物語の流れをつかみ損ねてしまいそうである。
 この劇はアントニーが、クレオパトラが死んだと思って自害しようとするところなど、「ロメオとジュリエット」と類似した部分もある。中年版「ロメオとジュリエット」という見方もあるかもしれないが、これはわざと醜悪な部分(自害しようとして果たせないアントニーや、シーザーの前で財産をごまかそうとしたことを暴露されるクレオパトラなど)を詰め込んだ「ロメオとジュリエット」のパロディー版とも言えるのではないだろうか。

 「ロメオとジュリエット」にあった青春の香気と潔さは、薄汚れた欲望のなかに消え去り、ラストのクレオパトラの死も共感も涙も、カタルシスも呼ばない。はっきり言ってシェイクスピアの作品の中ではもっとも面白くない作品の一つである。
.21 2006 シェイクスピア comment0 trackback0

ウイリアム・シェイクスピア ハムレット


 今年のテーマとして掲げたシェイクスピア。これまでに11件の記事をUPしたがいまだにひとつもコメントもTBもつかない。だからといって不人気かといえばそうでもないらしく、結構シェイクスピア劇を検索してこのブログを訪問される方も多いようだ。と言っても私はただの読者で研究者でも翻訳者でもないのであんまり参考にはならないかも。

 さてそのシェイクスピア第12弾は四大悲劇の中でも最大の規模を持つ傑作「ハムレット」。文庫で200ページ近い物量を持ち、上演すれば5時間くらいかかるといわれるこの作品はローレンス・オリヴィエの1948年の名作を皮切りに何度も映画化されている。私はゼッフィレリとケネス・ブラナーの監督作を観た覚えがある。音楽作品ではトマの歌劇、チャイコフスキーの管弦楽曲が有名。

 物語はデンマーク王子ハムレットが亡霊に出会い、かねてから不審を抱いていた父王の死は現王の叔父クローディアスの仕業だと聞かされる。ハムレットは敵討ちを決意するが、そのために気が狂ったふりを演じ始める。しかし恋人オフィーリアの父ポローニアスを殺害してしまったハムレットは英国へ追放されるが…

 さてこの作品で一番疑問なのは、ハムレットはただ狂った真似をしていたのか、それとも本当に狂っていたのか、と言う事だ。王に盗み見られていることに気づき、オフィーリアに「尼寺へ行け!」というあたりは明らかに狂ったフリをしているのだが、自分が刺した相手が親友レイアティーズと恋人オフィーリアの父ポローニアスと知っても顔色ひとつ変えないのは尋常ではない。だが最後のほう、陰謀をかわして英国から戻ってきてからはどう読んでも正常である。ハムレットがどこまで狂っていたのか、狂っていなかったのかの解釈によってこの芝居の印象は大きく変わるだろう。

 それと、亡霊について。これはハムレット自身が復讐の動機づけのために自分に見せた幻影と捉えていいのだろうか?もしそうならなぜハムレット以外の人々(ホレイショーら)にも見えるのか? もっとも現代人に比べるとこの時代の人たちには亡霊って身近な存在だったのかも知れない。(マクベスも亡霊見るし…)
 ハムレットの母ガートルートはなぜクローディアスと再婚したのか、と言うのも大きな謎である。
 とにかくいろんな謎が盛り込まれていて深読みするには最高の古典傑作。

 さらに不気味に美しいオフィーリアの死の描写、ローゼンクランツとギルデスターンの悲劇、墓堀り人夫とハムレットの墓場での会話などすべてのシーンが見所。まさに天才の作と言えるだろう。
.18 2006 シェイクスピア comment0 trackback0

ウイリアム・シェイクスピア あらし


 今年の夏は暑い。暑くて本を読む気にもならない。なにか軽いものでも、と思って「夏の夜の夢」だけ読んでいた新潮文庫の残り「あらし(テンペスト)」を読みだしたのだが、暑さのせいかなかなか頭に入ってこない。

 「あらし(テンペスト)」は、ミラノ大公の地位を追われ無人島に逃れたプロスペローが、島での生活のうちに習得した魔法を使って嵐を起こし、政敵の乗る船を難破させる。政敵たちは島に上陸するが…と言う物語。
 これはシェイクスピアが最後に書いた作品だといわれている作品で、晩年の彼の作品を総称して「浪漫劇」と呼ぶ事があるがその代表的な一作である。主人公が死なないのだから喜劇に分類してもいいのだが、喜劇という言葉の軽いイメージとはどこか違う、どことはなしにクールな雰囲気を持つ作品である。
 訳者・福田恒存氏が言うには『「リア王」の世界を浄化したもの』なのだそうだ。
 映画はデレク・ジャーマン監督「テンペスト」(1979年)、現代劇にしたポール・マザースキー監督「テンペスト」(1982年)がある。有名なSF映画「禁断の惑星」もこの作品を下敷きにしている。「宇宙大作戦」にもよく似たエピソードがあったと記憶している。
 音楽作品としてはパーセルのオペラがある。ベートーヴェンの同名のピアノソナタ(第17番ニ短調作品31-2)が有名だが、これは直接のつながりはない。

 この作品のラストのプロスペローの口上が意味深い。
「これにて我が術は破れ、この身に残る力は生まれながらの現身の、まことにはかなき境涯、真の話、御見物の御意次第。…なにとぞ皆様の呪いをお解きくださいますよう。…」
 劇が終わった事を告げると同時に、シェイクスピアという稀代の劇作家の創作もこれにて終わり、と軽やかに宣言するのである。
 素晴らしい。作品の中で、これほど潔い引き際を見せた芸術家は他には誰もいないのではないだろうか。
.09 2006 シェイクスピア comment2 trackback0

ウイリアム・シェイクスピア 夏の夜の夢


 シェイクスピアシリーズ第10弾。一冊の本としてこれには、「あらし(テンペスト)」が併録されているのだが、「夏の夜の夢」と「あらし」はかなり違うタイプの作品だと思うのでここでは「夏の夜の夢」だけを取り上げる。

 シェイクスピアの喜劇としてもっとも有名な作品。アテネの娘ハーミアはライサンダーと恋仲だが、親からディミトリアスとの結婚を迫られて、駆け落ちを決意する。ハーミアらを追うディミトリアスと彼を愛するヘレナは森の中へ。その森の中では妖精の王オーベロンが妻タイターニアの鼻をあかそうと一計を案じ、パックに命令するのだが、ちょっとした勘違いで…というストーリーで、いわばドタバタ喜劇である。結婚式の余興として演じるために書かれたらしく、明るい雰囲気の幸福感のある作品だ。
 これを基に作られた芸術作品としては、メンデルスゾーンの劇伴奏音楽が有名。なかでも「結婚行進曲」はだれでも知っている名曲である。映画化作品としてはケヴィン・クライン、ミシェル・ファイファー、ソフィー・マルソーなどが出演したマイケル・ホフマン監督作品(1999年)などがあるそうだが、残念ながら観たことはない。

 この作品の新しいところはなんと言っても妖精達が登場して人間臭い活躍を見せる事で、それまでなにか不気味な存在だった超自然の世界の住人たちを身近にした、文学史に残るエポックメイキングな作品である。すべてのファンタジー作品の元祖である。この作品なくして「指環物語」も「ナルニア国物語」も「ハリー・ポッター」もありえなかったのだ。

 物語は、とても短い。読んでみるとあれっ、これで終わり?って感じである。もっとてんやわんやしてもよさそうと思うのは私が現代人だから?しかも最後になんだかだらだらと劇中劇をやるあたりはいかにも17世紀。
 それでもここには「あらし(テンペスト)」に代表される「浪漫劇」と呼ばれる後期の作品や最高傑作「リア王」に通じる不思議な浮遊感が感じられる。初めてシェイクスピアを読む人はこの作品から読むのがおすすめ。
.05 2006 シェイクスピア comment0 trackback0

ウイリアム・シェイクスピア オセロー


 シェイクスピア・シリーズ第9弾は四大悲劇のひとつ「オセロー」。
 ちなみに四大悲劇ってどの4作かみなさん知ってますか?
正解は「マクベス」「オセロー」「ハムレット」「リア王」の四つです。「ロメオとジュリエット」は違うんですよ。
 この超有名な四大悲劇の中でどう考えてもひとつだけ毛色が違うのがこの作品。魔女も亡霊も出てこないし、戦争も起きない。主人公は王でも王子でもないし、ころっと騙されて愛妻を疑いだし、終いにはさしたる証拠もなく妻を殺害してしまう。そこには国家の命運がかかっているわけでもないし、この作品のなかで起きる悲劇はわりと平凡な家庭内悲劇と言える。

 主人公はムーア人(黒人)でありながら将軍となった武人オセロー。この時代、人種差別が今よりもひどかったはずだが、軍では手柄を立てさえすれば意外と出世できたと言う事だろうか。この戦いに明け暮れていた武人のオセローが実力者の娘デステモナと結婚したまではよかったのだが、部下のイアーゴーの奸計に遭ってデステモナが副官のキャシオーと密通しているのではないかと疑い、それがもとでやがて破滅すると言う物語である。

 オセローは立場上やろうと思えばデステモナとキャシオーを直接呼び出して詰問する事も可能だったし、逆になぜイアーゴーを「誠実な男」と信じきって彼の言う事を鵜呑みにしてしまうかもよくわからない。昔の人は単純だったと言えばそこまでだが。
 このへんもあってか四大悲劇の中では一番地味な扱いを受けている作品だろう。

 この作品をもとにした芸術作品としてはヴェルディの素晴らしいオペラ「オテロ」が有名。これは数多いシェイクスピア作品のオペラ化作品の中でも最高傑作かと思う。
 映画ではオーレンス・オリヴィエ主演の65年のものが有名。
.08 2006 シェイクスピア comment0 trackback0

ウイリアム・シェイクスピア お気に召すまま


「今年はシェイクスピアを読もう!」と心に誓っているわけだが、第8弾は「お気に召すまま」。これはオーランドーとロザリンドの恋を中心に何組かの恋人達の物語を平行して描いていて、シェイクスピアの喜劇としてはかなり典型的な内容といえるかも。喜劇で一冊どれを読んだらいいかと聞かれたらこれを薦めるかも。

 全体を支配するトーンが、晩年の浪漫劇(「あらし」など)に近い印象がある。前回読んだ「ヴェニスの商人」のシャイロックのような強力なキャラクターはいないがそのぶん全体にやわらかいソフトなイメージが流れている(とはいえ横暴な侯爵の弟やオーランドーの兄などの悪役はいるわけだが)。
 作品としてはこれはシェイクスピアの喜劇時代の最後、あるいは悲劇時代の最初に書かれたものらしく、彼の作風は四大悲劇の後、浪漫劇のスタイルの喜劇に収束していくわけで、そういう意味での位置づけからも結構重要な作品なのかもしれない。

 この作品にとどまらずシェイクスピア喜劇に登場する女性達はみなとても聡明で行動力があるのだが、この作品のロザリンドは横暴な叔父のもとから(追放されたとはいえ)逃げ出して男装し、男として様々な人々と渡り合うのである。シェイクスピア劇を読んで、観てちっとも古く感じないのは、この女性達の描かれ方が現代的だからなのだろう。
.14 2006 シェイクスピア comment0 trackback0
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