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長嶋有 猛スピードで母は


 長嶋有は1972年生まれ、2002年にこの本の表題作「猛スピードで母は」で芥川賞を受賞している。
なにか軽いもの読もうと思って読んでみたら、ホントに軽い。あっという間に読んでしまった。

 私が日本人作家の本に食指が伸びないのは、まさしくこんな作品を読まされるのではないかという危惧があるからだ。そういう意味でこの本に収められた2作(特に表題作)は、「私が考える私の苦手な小説」を具現したような作品だと言える。

 「サイドカーに犬」という作品では、小学四年生の女の子だった薫を語り手にして、母の出奔後父が連れてきた父の愛人らしき女性洋子とのエピソードを、成人した薫が回想として語る形で書いた作品。洋子という異物を中心に据えて、ちょっと型破りなホームドラマが語られる。なぜ語り手の薫が女の子なのか理解できない。この作品は薫の一人称で書かれているが、全く思考が女の子のものではないので、途中で「私」が女の子であるという記載にぶつかった時はちょっと面食らったほどである。小説そのものはまあ面白いし読みやすいが、物語の展開も文体もどこかで見たようなもので全く新味がない。

 表題作「猛スピードで母は」になると小説としてのデジャヴに加えて、違和感が加速。「母」と息子の慎との生活を彼らの生活同様だらだらと描くのだが、この「母」が全く魅力的でなく感情移入できない。これでこの作家は何を訴えたかったのだろう。こういう母が子供の神経をズタズタにする事を糾弾しているのか?そうではあるまい。ただこういう母がいて息子がいるという事を単純に描いただけなのだろうか。展開も平板で印象深いシーンもない。江國香織の「神様のボート」のヒロインをがさつにして、あの作品にあった深い部分を飛ばしてしまったような作品だ。結果がさつな母と繊細な息子とのコントラストばかり印象に残る。こんなので芥川賞?レベル低すぎだ。芥川賞って本を売るための賞なのかと勘ぐってしまう。まあもともと私は芥川賞なんて信じてないけど。これよりは先の「サイドカーに犬」のほうが数段いいと思う。

 残念ながら『この作家の、この作品でなければならない』という魅力が全くない。これに似たような小説はごろごろあると思う。同人誌並みのレベル。お金を出すほどではない。
 この程度の作品が本になって、芥川賞なんかとってそこそこ売れちゃうというのはどういうことなのだろう。そっちのメカニズムのほうが不可解で興味深いかもしれない。
.10 2010 日本文学 comment(-) trackback(-)

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